副鼻腔炎の治療。
薬を飲んでだめなときは手術。
一般にはその通りです。ですが唯一、特殊なデバイスを使用することで手術治療との境界を埋める低侵襲の治療方法が存在します。
今回は、この副鼻腔炎治療ツールについて書きます。
副鼻腔炎の治療
副鼻腔炎の治療は、薬の内服と吸入治療が中心になります。高度の副鼻腔炎や鼻茸を合併しているときは、症例ごとに判断して内視鏡手術(ESS)の、適応が決定されます。患者さんは、保存的治療と手術治療の隔たりを実感することになり、その中間点にある治療をほとんど知りません。実際は、手術治療のすこし前の位置に、副鼻腔炎治療ツールを使用して、手術的な治療を行いながら、可能な限り侵襲を少なくした治療方法が存在します。しかし、実際は病院または診療所で、この治療法について説明を受けることはほぼありません。今回は、この副鼻腔炎治療ツールを用いた副鼻腔炎治療について書いてみたいと思います。
副鼻腔はどこ?
Blausen.com staff (2014). “Medical gallery of Blausen Medical 2014”. WikiJournal of Medicine 1 (2).
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Blausen_0800_Sinusitis.png#mw-jump-to-license
副鼻腔は、顔面骨に中の骨の空洞です。
左右4個ずつ、合計8個の空間(洞)があります。
図1で🟦が篩骨洞、🟩が前頭洞、🟨が上顎洞、🟪が蝶形骨洞です。
この空間(洞)には、骨の表面に薄い粘膜がカーペット状に張っていて、通常は、鼻腔と交通する孔(あな)を通して空気が出入りしています。この鼻腔と洞をつなぐ孔は、自然口と呼ばれています。鼻腔と副鼻腔(洞)は、自然口を通して空間でつながっているのです。
洞内の粘膜は、繊毛運動によって粘膜上に分泌された粘液層を自然口の方に移動させて、洞の外に流しています。
この洞に炎症が起きて粘膜が腫れたり膿が溜まったりするのが、副鼻腔炎です。
副鼻腔炎とは?
副鼻腔炎は発症から3週間以内の急性副鼻腔炎と発症から12週以上経過した慢性副鼻腔炎に分類されます。
慢性副鼻腔炎には大きく2つのタイプがあって、1つは鼻茸などの不可逆性病変が存在するもの。もう1つは、保存的治療によって改善しないが鼻茸などの高度な病変は見られないもの。
副鼻腔炎治療ツールを用いた治療は、これらの副鼻腔炎のうち、鼻茸などの不可逆性病変を認めるもの以外に主として適応になります。その理由は後ほど説明しますが、現在、鼻茸などの高度病変を認めない副鼻腔炎に対しては有効な治療方法として実施されています。
副鼻腔炎治療ツールとは?
副鼻腔炎治療ツールとは、心臓血管カテーテル検査用のバルーンカテーテルを副鼻腔炎治療用に応用した新しい概念の治療デバイスです。
副鼻腔炎に対するバルーンを使用した低侵襲手術手技をバルーンジヌプラスティー(balloon sinuplasty)と呼びます。
内視鏡手術とは根本的に異なりますが、バルーンを使用した手術的治療であることに変わりはありません。
心臓血管治療で用いられているバルーン(balloon)治療とは、狭窄部位の血管にガイドワイヤーを通して向こう側にすり抜け、途中の狭窄した部位をバルーン(風船)を膨らませることによって物理的に拡張しようというコンセプトの治療です。
Mayo Clinic HPからのイラスト引用です。
図2のBで、ガイドワイヤーを通した後のバルーン拡張によってステントグラフトが拡張され留置される手技が理解できると思います。
(心臓血管カテーテル治療の原理)
内視鏡手術(ESS)がいわゆる全副鼻腔の開放と単洞化を主眼とするのに比べて、バルーンジヌプラスティーは、副鼻腔炎の責任病巣となる洞のみを対象とする点が違います。
Balloon sinuplasty とは?
Balloon sinuplasty のコンセプトは、心臓血管カテーテルのコンセプトに尽きます。すなわち、心臓血管カテーテルが冠動脈の狭窄部位をバルーンの内圧によって拡大する治療であるのと同様に、balloon sinuplasty は、副鼻腔炎を起こしている洞の自然口をバルーンの内圧によって開大して、鼻腔との換気路を形成します。
https://www.jnjmedtech.com/en-US/product-family/balloon-sinuplasty?items_per_page=20
(米 Acclarent 社のHPより)
図3は、左前頭洞自然口排泄ルートにバルーンを挿入したイメージイラストです。閉塞した左前頭洞口をバルーンで拡張しているのが観察されます。
バルーンジヌプラスティー(balloon sinuplasty) は、バルーンによって副鼻腔の自然口を開大し、洞内の換気を図る手術治療になります。
心臓血管カテーテルの原理と同様に、バルーン内圧による緩徐な軟組織の拡大は、血管や粘膜の断裂や組織損傷を起こさずに副鼻腔の換気路を形成することができ、鼻副鼻腔の切開を伴わないカテーテル手術治療として、出血や滲出液の見られないきれいな手術後所見が観察可能です。
高度の鼻茸をともなう副鼻腔炎や副鼻腔炎重症例には効果が期待しずらい反面、急性副鼻腔炎の遷延例や、責任病巣が一部分で他の副鼻腔が正常な症例、比較的軽症ですが内服治療では改善しない症例に対しては、この低侵襲でピンポイントの治療が大きな効果を示します。
治療デバイスは?
2022年現在、副鼻腔炎治療ツールには、以下のようなものがあります。
Balloon sinuplasty
RELIEVA SPINPLUS® NAV Balloon Sinuplasty System (米 Acclarent 社製)
RELIEVA SPINPLUS® Balloon Sinuplasty System (米 Acclarent 社製)
RELIEVA SCOUT® Multi-Sinus Dilation System (米 Acclarent 社製)
https://www.jnjmedtech.com/en-US/product-family/balloon-sinuplasty?items_per_page=20
現在、実施されているBalloon sinuplasty の手術の多くは、上記デバイスを使用して行われています。
米国 Acclarent 社のBalloon sinuplasty systems は現在、欧米を中心に世界43カ国以上で使用されています。
同社製のballoon sinuplasty systems を使用して現在までに数10万件の手術が実施されています。
Yamik (ヤミック)
Balloon sinuplasty は主に手術室で行われる低侵襲手術ですが、これと並行して1990年代後半から、クリニックの外来でも実施可能な、Yamik(ヤミック)カテーテル治療が開発されました。
Yamik カテーテルは、前鼻孔と後鼻孔をバルーンで閉塞し、閉塞された空間にシリンジで陰圧をかけることによって副鼻腔に貯留している膿を出す、画期的な治療方法です。
https://mobile.twitter.com/yamik_catheter
” Yamik Sinus Catheter in the Topical Treatment of Patients with Acute Rhinosinusitis after Previous Sinus Surgery “
J. Gosepath, U. Ecke, V Kozlov, W. Mann : American Journal of Rhinology & Allergy,
2002 より引用 (Fig3)
このカテーテルを鼻腔に挿入して前方の鼻孔と後方の鼻孔(後鼻孔)を完全に塞ぎます。
(写真4, 図5)
https://i23.delachieve.com/image/645fe7cb7e4b0ed6.jpg
3本のカテーテルのうち、2本が前方と後方の鼻孔を塞ぐため、1本が鼻腔に陰圧をかけるためのものです。(写真5)
Yamik は開発した医師の名前です。(Dr. Yamik)
開発者のDr. Hasan Yamik です。
(Dr. Hasan Yamik
Bilecik Şeyh Edebali University
Department of Mechanical Engineering
Dr. Prof.)
今まで多くの副鼻腔炎が、内服治療や吸入治療が中心であり、難治性の副鼻腔炎に対しては、中鼻道または下鼻道から針を穿刺して上顎洞の洗浄を行うしかなかった副鼻腔炎治療に、世界で初めて陰圧による低侵襲の副鼻腔炎治療を導入した功績は非常に大きいと言えます。
このヤミックカテーテル(Yamik Nasal catheter)は、当時日本へも輸入され、国内での使用も広まって行きましたが、2005年に薬事法が改正されて輸入ができなくなり、国内の在庫もなくなって治療の存続が困難になりました。
ここで国内の(株式会社)ディヴインターナショナルが、従来のYamik Nasal catheter の原理はそのまま踏襲して、国内向けにより改良されたカテーテル治療機器を製作しました。これが、写真7のENT-DIB 副鼻腔炎治療用カテーテルです。
ENT-DIB 副鼻腔炎治療用カテーテル
(日本 株式会社ディヴインターナショナル)
https://axel-search.as-1.co.jp/asone/d/7-8244-01/
Yamik カテーテルの陰圧の原理はそのまま応用され、シリコン製で形状も材質もより使いやすい医療機器へと進化しています。
Balloon sinuplasty の実際
一般的なESSでは、解剖学的な手術アプローチの問題から、副鼻腔の炎症部位と正常部位を区別して炎症部位だけを排膿することが困難なことが多く、多くの場合、ほとんど全副鼻腔を内視鏡手術によって開放する術式が採用されます。
一方、balloon sinuplasty では、炎症が起こっている副鼻腔の部位だけを対象にカテーテルによって排膿が可能です。
簡単に説明すると、ブルドーザーで根本的に全部の土地をならしてしまう手術と、硬い土地だけを見分けて一部の土地だけを耕す手術との比較になります。これが、balloon sinuplasty による治療の最大の魅力かもしれません。
balloon sinuplasty の実際の使用は、動きをともなう手技ですので、動画でご覧ください。
上の動画がイラストでの説明、
下の動画が実際に行われる手術です。
Yamikカテーテルの実際
Yamik カテーテル治療の実際を動画でご覧ください。
海外の動画ですので、国内での手技と細かな相違点があるかもしれません。ご了承ください。
新しい治療の選択
副鼻腔炎に対する、現在の新しい治療デバイスについて書いてきました。
耳鼻咽喉科に限らず、外科手術は時代とともにより低侵襲になっています。同時に外科的治療から内科的治療へ、また外科的治療と内科的治療の中間に位置する新しい治療方法が開発されつつあります。
難治性の副鼻腔炎を持ったとき、あなたはかかりつけの耳鼻咽喉科医に、こう尋ねてください。
” できるだけたくさんの治療方法を教えてください。”
必ずあなたに最も相応しい治療方法をアドバイスしてくださるはずです。