近年、生物学的製剤という薬品が外来治療に使用され始めています。鼻茸がある慢性副鼻腔炎の治療には、デュピクセントと呼ばれる生物学的製剤が使用されます。今回は、この薬剤について書いてみます。
生物学的製剤とは?
生物学的製剤とはいったい何でしょうか?
一般的な医薬品は、化学的に合成された物質から作られます。それに対して生物学的製剤は、生物から産生されるタンパク質などの物質を応用して作られたものを言います。
病原体から作られるワクチン(インフルエンザワクチン、新型コロナワクチンなど)、ボツリヌス菌やジフテリア菌などに対する抗毒素製剤、人の血液から作られる血液製剤などがあります。これに加えて、遺伝子組み換えや細胞培養などのバイオテクノロジーの技術で開発された新しい薬も該当します。近年アレルギー疾患や自己免疫疾患、喘息や好酸球性副鼻腔炎などに使用されている生物学的製剤はこれにあたります。
今回取り上げる生物学的製剤は、デュピクセントという薬剤です。
タイプ2炎症
デュピクセントについて知る前に、タイプ2炎症について理解しておく必要があります。
前回の免疫についてのトピックス(アレルギーと免疫 -その2- )の中で書きましたが、生体にアレルゲンが侵入してくると、抗原提示細胞が “こんなアレルゲンが来てるよ!” と言って他の免疫細胞に教えます。すると、まだ分化したことのないナイーブT細胞がTh2細胞(2型ヘルパーT細胞)に変化します。Th2細胞からインターロイキン(IL-4, IL-5, IL-13, IL-31)が分泌されて、主としてB細胞からIgE抗体産生をともなう各種の免疫応答を起こしてくるのです。近年では自然免疫で抗原受容体をもたない2型自然リンパ球(ILC2)もIL-4, IL-5, IL-13 を分泌することがわかっています。
IL-4, IL-5, IL-13, IL-31 をタイプ2サイトカインと呼び、この4つのうち中心的に働くIL-4とIL-13 が主として関与する免疫反応をタイプ2炎症と言います。(図1)
図1
IL-13
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Interleukin_13
(Wikipedia より引用)
すなわちタイプ2炎症とは、Th2細胞や2型自然リンパ球(ILC2) が産生するタイプ2サイトカイン(主としてIL-4 IL-13)が引き起こす炎症のことです。
IL-4とIL-13 は、B細胞、好酸球、肥満細胞、気道上皮細胞、線維芽細胞、平滑筋細胞、角化細胞などに作用して、タイプ2炎症や皮膚や粘膜のバリア機能低下を起こします。
このタイプ2炎症は、数多くのアレルギー疾患との関与が示唆されていて、アトピー性皮膚炎、喘息、慢性副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、食物アレルギーだけでなく、好酸球性COPDや食道炎などとも関係していると言われています。
生物学的製剤のデュピクセントは、このIL-4,とIL-13 のシグナル伝達を阻害することで、タイプ2炎症を抑制するのです。
デュピクセントとは何?
デュピクセントは、ヒト型抗ヒトIL-4/IL-13受容体モノクローナル抗体です。
これは一体何でしょうか?
この名称を理解するには、モノクローナル抗体についての理解が必要です。
まずモノクローナル抗体について説明します。
モノクローナル抗体とは、単一の抗体産生細胞(B細胞)をクローニングして作られた抗体のことです。通常の抗体(ポリクローナル抗体)は、抗原に対して、複数の抗体がまとめて産生されます。通常の抗体産生では、ヒトや動物に抗原(弱毒化した毒素やウィルス)を投与して血清中にそれに対する抗体を産生させ、回収する方法をとります。通常、投与された抗原の表面には、いくつかのエピトープ(抗原決定基)が存在しています。エピトープは、1つの抗原に複数あり、それぞれ少しずつ性質が違います。B細胞は一つのエピトープに対して一つの抗体しか作りません。そのため複数のエピトープに対しては、それぞれ違うB細胞が別々の抗体を作ります。抗体は血清中にまとめて産生されるので、血清中に産生された抗体には、複数のエピトープに対する複数の違う抗体がバラバラに存在しています。これに対してモノクローナル抗体は、単一のエピトープに対する抗体だけを作る1種類のB細胞が大量に作られるので、全く同一の抗体が大量に産生されます。言い換えれば、たった1種類の同一の抗体を大量に産生するために、その抗体を作るある特定のB細胞を大量にクローン(大量コピー)する方法です。
モノクローナル抗体は1種類の受容体だけにくっついて作用するため、より細かい標的認識が可能になります。
モノクローナル抗体には、マウス抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体、完全ヒト抗体の4種類があります。詳しい説明は省略しますが、デュピクセントは”完全ヒト抗体”です。遺伝子組み換え技術を用いて、ヒトモノクローナル抗体が産生されて、それがヒト標的細胞の表面に存在するIL-4 受容体とIL-13 受容体のみに結合する抗体が作製されました。それがデュピクセントです。
(遺伝子組み換えについては、本題から逸れるため、別の機会に書くことにします。)
どこに効くのか?
デュピクセント(正式名称 デュピルマブ)は、遺伝子組み換え技術を用いてアレルギー疾患治療の目的で作製されたヒト型抗ヒトモノクローナル抗体です。
デュピクセントは、IL-4受容体αサブユニット(IL-4Rα 図2)に特異的に結合するモノクローナル抗体です。IL-4受容体αサブユニットはIL-13受容体にも存在しますので、デュピクセントはIL-4, IL-13 受容体の両方に結合してブロックし、タイプ2炎症の進行を抑制します。
そのため、タイプ2炎症を進行させるIL-4とIL-13の作用がブロックされてしまい、それ以上免疫反応が進みません。(図3)
図2
IL-4受容体 α鎖
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Interleukin-4_receptor#/media/File%3APDB_1iar_EBI.jpg
図3
https://www.dupixent.jp/crswnp/property/moa
サノフィ株式会社 デュピクセント資料
(サノフィ株式会社提供)
どのように効くのか?
IL-4、IL-5、IL-13などのType 2サイトカインは、鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎の病態形成において、①好酸球の分化・増殖・組織への遊走、②B細胞からIgE産生細胞へのクラススイッチ、③鼻副鼻腔粘膜上皮のバリア機能の破綻、 ④杯細胞の過形成及び粘液の過剰産生、⑤過剰なフィブリン網の形成による鼻茸の形成などの様々な生理学的特徴に関与しています。(図4)
したがってデュピクセントによって、IL-4, IL-13 のシグナル伝達がブロックされタイプ2炎症が進まなくなると、
①好酸球が増殖して組織中へ浸潤しないため、組織障害が起こらない。
②B細胞からIgE細胞へスイッチが起こらず抗体産生が進まない。
③鼻副鼻腔粘膜のバリア機能が保たれる。
④杯細胞の過形成が起こらない→鼻漏の減少
⑤過剰な線溶系亢進が起こらず、フィブリン網産生の減少から鼻茸(ポリープ)形成が進行せず、ポリープが縮小する。
図4
このような作用機序によって、デュピクセントは、重症のアスピリン喘息や難治性の好酸球性副鼻腔炎などの増悪を起こすタイプ2炎症の免疫反応を抑制しています。
今までは、喘息には気管支拡張剤やステロイドの吸入治療が中心であり、好酸球性副鼻腔炎に対しては、通常の慢性副鼻腔炎に効果のあるマクロライド系抗菌薬(クラリス錠など)が効果がないため、ステロイド内服治療に頼らなければならなかったのですが、この生物学的製剤のデュピクセントが登場してからは、この両者に対して非常に有効な治療成績が報告されています。再発率の高い好酸球性副鼻腔炎に対しては、手術後の鼻茸の再発症例に対しても効果的です。
何に効くのか?
デュピクセントは、アメリカで2017年にFDAから認可され、日本では2018年に認可されました。
デュピクセントの効能、効果は、
“既存治療で効果不十分な”
①アトピー性皮膚炎、②気管支喘息、③鼻茸をともなう慢性副鼻腔炎です。
2020年から③鼻茸をともなう慢性副鼻腔炎に対しての承認が下りました。
現在、デュピクセントの投与によって、鼻茸サイズ、鼻閉重症度、慢性的な副鼻腔病変(Lund Mackey CT スコア=副鼻腔炎の重症度をCT陰影で点数化したもの)及び嗅覚障害の改善が認められ、喘息合併症例では呼吸機能ならびに喘息コントロールの改善が認められています。さらにデュピクセントの投与により、全身ステロイド薬の使用及び副鼻腔手術回数の減少が示されています。
デュピクセントは、世界初で唯一のIL-4/IL-13受容体阻害薬となっています。
投与方法は?
デュピクセントは皮下注射で投与されます。
デュピクセントは、300mgの皮下注射用シリンジです。
アトピー性皮膚炎、気管支喘息には初回に600mg, その後1回300mgを2週間隔で皮下注射します。鼻茸をともなう慢性副鼻腔炎には、1回300mgを2週間隔で皮下注射します。症状安定後は、1回300mgを4週間隔で皮下注射します。
デュピクセントの適応年齢は、気管支喘息では12才以上、アトピー性皮膚炎、鼻茸をともなう慢性副鼻腔炎では成人が対象となっています。
デュピクセントは、2018年1月に国内でアトピー性皮膚炎に対して皮下注射シリンジが製造販売承認取得後、2019年3月には気管支喘息が効能追加され、2019年5月には在宅自己注射が保険適用されました。その後、2020年3月には鼻茸をともなう慢性副鼻腔炎が効能追加され、2020年11月からは携帯型ペン型製剤の自己注射シリンジも発売され、市場投入されています。したがって、耳鼻咽喉科領域での”鼻茸をともなう慢性副鼻腔炎”への治療適用は現在で約2年になります。(2022年5月現在)
デュピクセント皮下注のペン型自己注射製剤は、最初に医療機関で2回、2週間隔で自己注射指導が行われた後、自宅で2週間に1回(症状安定後は4週間に1回)、腹部や大腿部に自己注射をして治療継続していきます。(自己注射部位 図6)
図5 デュピクセント
図6
腹部(へその周り5cmは避ける)、大腿部、上腕部(二の腕)の皮下に注射します。
患者本人が自己注射する場合は、腹部、大腿部に投与します。
(サノフィ株式会社デュピクセント資料より転載)
窓口負担は?
デュピクセントは高価な薬です。
厚生労働省の薬価では、300mg皮下注射シリンジ1本が約6万6千円です。2週間に1回の注射となると、保険適応であっても3割負担で相当な金額になります。そのため治療を継続するには、高額医療制度を利用しての治療が望ましいでしょう。
高額医療制度とは、1ヶ月の医療費の総額が一定の限度額を超えた場合、医療費の総額がいくらであろうと国が限度額以上を負担してくれる制度です。限度額は個人によって年収などを参考に細かく設定されています。また毎月高額医療を適用する場合、さらに負担が軽減される制度もあります。高額医療については、仕組みがやや複雑ですので、後日、別の頁で説明したいと思います。
実際にデュピクセントを使用する場合には、医療機関から窓口負担について、高額医療制度についての詳しい説明があると思います。
治療を受けたいときは?
デュピクセントの治療を受けたいと思ったら、まず患者さんご自身がデュピクセントの適応であるかどうかを医師に診断してもらわなければなりません。高価な薬だけに、適応はある程度厳しくなっています。
デュピクセントの適用は、”既存の治療で効果が不十分な”となっていますが、実際どのくらい難治性であれば治療の適応になるのかは明言されていません。したがって、適応の判断にあたっては主治医の判断になると思います。
患者さんご自身が、”鼻茸をともなう慢性副鼻腔炎”と診断されていること、既に通常の内服治療を受けておられることが条件になります。鼻茸があって以前に一度手術治療を受けておられる場合は、鼻茸スコア、鼻閉重症度スコアの点数で適用条件を満たせば適応になります。
“好酸球性副鼻腔炎”と診断されていれば難治性ですので、適用条件を満たせば使用は十分考慮できます。手術既往がない場合は、手術できない医学的理由が必要です。(高齢、高度の合併症、全身状態など)
鼻茸をともなう慢性副鼻腔炎であれば好酸球性副鼻腔炎の有無は問いませんので、適用条件をクリアして通常の治療に抵抗性であれば、デュピクセントは使用可能と考えられます。ただし手術治療の適応と判断される場合は、”まず手術治療が優先的に選択され、その後再発などがあり、難治性であればデュピクセントの適応が考慮される” と考えておいた方が良いと思います。
好酸球性副鼻腔炎で一度副鼻腔炎の手術治療を受けたことがあり、再発してまた内服治療を続けている場合、適用条件さえクリアしていれば、ほとんど間違いなくデュピクセントは使用可能です。
ここで述べている適用条件とは、主に①鼻茸スコア5点以上、(各鼻腔2点以上)、②鼻閉重症度スコア2(中等症)以上、③嗅覚障害、鼻汁(前鼻漏/後鼻漏)等、3つです。①-③すべてが8週間以上持続していることが条件になっています。
デュピクセントの最終的な適応は問診や内視鏡所見、治療経過などから主治医が総合的に判断します。
デュピクセントについて詳しく知りたい方は、一度かかりつけの耳鼻咽喉科医にご相談されてみると良いかもしれません。
当院でもデュピクセントの治療を希望される患者さんに対応していますので、ご遠慮なくご相談ください。詳しく説明したパンフレットやwebサイトもありますので、各自ご確認ください。
webサイト サノフィ株式会社
https://www.support-allergy.com/