「滲出性」中耳炎。
“しんしゅつせい”と読みます。
難しい漢字ですが、どんな意味でしょう。
そして、どんな病気でしょう。
今回は、滲出性中耳炎について書きます。
中耳炎とは?
中耳とは、どこでしょう。
中耳とは、鼓膜の奥の空間です。
鼓室とも言います。
正常な中耳は、空気で満たされています。鼓膜の振動を内耳に伝える耳小骨が、抵抗なく振動するためです。
滲出性の定義
にじみ出ること。
医学的には、組織液が外にしみ出ること。
滲出性中耳炎は、
「鼓膜の奥の中耳に、滲出液が貯留した状態。」
と言い換えることができます。
2015年日本耳科学会の「小児滲出性中耳炎診療ガイドライン」では、「鼓膜に穿孔がなく、中耳腔に貯留液をもたらし難聴の原因となるが、急性炎症症状すなわち耳痛や発熱のない中耳炎」と定義されています。
なぜ滲出液が?
中耳腔の空間が陰圧になるからです。
陰圧になると、中耳粘膜から組織液が滲出します。
では何故、中耳が陰圧になるのでしょう。
中耳は、耳管という管によって、鼻の奥の上咽頭につながっています。通常では、耳管を通して空気が中耳に入るため、中耳の圧は、外気圧と等しく調節されています。耳管は、主に嚥下やあくびのとき開くようになっています。ところが何かの原因で耳管が開かないと、中耳の圧を外気圧と同じにすることができなくなり、中耳は陰圧になってしまいます。いわゆる耳抜きができない状態です。中耳が陰圧になると滲出液が貯留します。これが滲出性中耳炎です。
滲出性中耳炎は小児に多く、急性中耳炎から移行することも多くあります。
なぜ耳管が?
なぜ、耳管が開かなくなるのでしょう。
耳管の入り口には、口蓋帆張筋、口蓋帆挙筋と呼ばれる細い筋肉があり、この筋肉の収縮で耳管が開きます。耳管の咽頭側は軟骨になっていて、ふだんは軟骨の弾性で閉じていますが、嚥下(飲み込むとき)やあくびのとき、主に口蓋帆張筋が収縮して、耳管が開くようになっています。
小児では、この口蓋帆張筋の発達が未熟なため、耳管機能が未熟です。そのため耳管が開きにくく、閉じたままになりやすい。
そのために小児は、耳管から中耳へ空気が入りにくく中耳が陰圧になりやすいため、滲出性中耳炎になりやすいのです。
もう1つ、滲出性中耳炎は、急性中耳炎に続いて起こることが多くあります。
小児では耳管が大人に比べて短く水平に近い構造をしていますので、アデノイドや副鼻腔炎の細菌が耳管から中耳に移りやすいことがあります。(図2 図3)
急性中耳炎でも書きましたが、耳管からの感染で急性中耳炎が起こります。
小児は急性中耳炎になりやすく、いったん中耳炎になって膿が貯留すると、耳管が未熟で開きにくいため、膿がなかなか咽頭へ排泄されません。そのため、急性炎症が治っても膿が中耳から出ていかず、滲出性中耳炎になりやすいのです。
3歳までの滲出性中耳炎は急性中耳炎の関与が大きく、2歳までに60%以上の乳幼児が滲出性中耳炎になると報告されています。
原因は?
滲出性中耳炎は、耳管の解剖、耳管の機能が原因で起こることが、わかりました。
小児は耳管が未熟で開きにくいため、中耳が陰圧になりやすいこと、小児は耳管が短く水平なため、急性中耳炎を起こしやすいこと、この2つが滲出性中耳炎が小児に多い理由です。
急性中耳炎を起こす原因、アデノイドや副鼻腔炎などが、滲出性中耳炎の原因になります。
成人で滲出性中耳炎を起こす場合は、上咽頭がんの可能性を確認しなければなりません。上咽頭に腫瘍があると、腫瘍が耳管を塞ぐため、滲出性中耳炎になります。そのため、成人で滲出性中耳炎を繰り返すときは、必ず内視鏡検査で確認します。
症状は?
滲出性中耳炎の特徴は痛くないことです。
急性中耳炎はとても痛いのですが、滲出性中耳炎は全く痛みがありません。
滲出性中耳炎では発熱もありません。
滲出性中耳炎の症状は、耳が塞がった感じ(耳閉塞感)や難聴だけです。とくに小さな子どもさんでは、耳閉塞感や難聴を訴えませんから、「テレビの音が大きい」「呼びかけに反応しない」などが唯一の症状のことも多くみられます。
成人では、耳閉塞感や難聴に、「動くと耳の中でゴロゴロ音がする」などの訴えがあることがあります。
診断は?
滲出性中耳炎の診断は、簡単です。
耳鏡で耳の中を観察すればほとんど100%診断できます。顕微鏡や内視鏡を使用して詳しく観察します。
滲出液の色、量、鼓膜が陰圧で凹んでいるか、凹みの程度はどうか、などを詳しく観察し、記録します。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5c/Adult_Serous_Otitis_Media.jpg
ティンパノメトリーという、鼓膜の張力やコンプライアンスを調べる検査で、確認することもあります。B型やC型を示します。
正常耳と比較してみましょう。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Eardrum#/media/File%3ANormal_Left_Tympanic_Membrane.jpg
聞き分けの良い子どもさんや、年長児では、聴力検査が可能ですので、難聴の程度を調べます。40dB以上の難聴があれば、要注意です。
合わせて、滲出性中耳炎の原因となる、アデノイドや副鼻腔炎の有無を、鼻内視鏡やレントゲンで調べる必要があります。
治療は?
滲出性中耳炎の治療は、まず保存的治療を行います。
カルボシステイン(シロップや細粒)を内服して、中耳粘膜と耳管粘膜の線毛運動を促進させ、中耳に溜まった貯留液を耳管から排泄しやすくします。副鼻腔炎があれば、合わせて副鼻腔炎の治療を行います。
さらに抗アレルギー薬を内服して、鼻腔や咽頭の粘膜の腫れを引かせます。鼻づまりは、耳管の機能を悪化させて中耳炎を治りにくくするからです。抗アレルギー薬は、耳管咽頭口周囲の粘膜の腫れも改善します。
ネブライザー治療ができる子どもさんなら、鼻からの吸入治療で、鼻副鼻腔炎による膿性の鼻水の改善と鼻の奥の耳管周囲の腫れの改善をめざします。
鼻水を吸い上げる、いわゆる”鼻すすり”の癖があると滲出性中耳炎になりやすく、また中耳炎が治りにくくなりますので、鼻すすりをしないように指導します。
3ヶ月以上治らない滲出性中耳炎は、難治性の中耳炎に分類されます。
40dBを超える難聴があるときは、鼓膜チューブ留置術などを考慮します。
上咽頭にアデノイド肥大が認められ、上気道病変がある場合は、鼓膜チューブ留置術と同時にアデノイド切除術を考慮します。
滲出性中耳炎が片方だけか、両側性かによっても治療方針がすこし違います。
2015年の小児滲出性中耳炎診療ガイドラインがあります。参考にしてください。
https://www.otology.gr.jp/common/pdf/guideline_otitis2015.pdf
鼓膜チューブ留置術のときの麻酔は、年長児や成人ではイオントフォレーゼ麻酔を行います。急性中耳炎のときと違い、炎症がないため、局所麻酔は効きやすくなります。
https://www.kokenmpc.co.jp/products/medical_plastics/ent/drain-b/index.html
小児でアデノイドの肥大が高度なときは、アデノイド切除術を行う場合もあります。アデノイド切除術は全身麻酔で行いますので、同時に鼓膜チューブ留置を行うこともあります。
遷延性中耳炎とは?
乳幼児の滲出性中耳炎には、「急性中耳炎の後に耳痛、発熱などがなく急性中耳炎の炎症所見が続いている」、いわゆる”遷延性中耳炎(semi-hot ear)” と呼ばれる病態になっていることが多くあります。
遷延性(せんえんせい)中耳炎では、急性中耳炎の治療後に急性炎症が治って、耳痛や発熱は見られなくなりますが、まだ中耳に膿が貯留していて、鼓膜は厚く腫れて中耳の粘膜も炎症で肥厚しています。
このような遷延性中耳炎は、再度、上気道感染が起こると、溜まった膿が再感染を起こして、簡単に急性中耳炎に戻ってしまうのです。いわゆる、急性中耳炎と滲出性中耳炎を往復するように中耳炎が続く、複雑な病態をとるようになります。
遷延性中耳炎は、薬剤耐性菌の増加や、免疫力が未熟な低年齢児からの集団保育などの環境が増えていること、不適切な抗菌薬の選択などが、原因になっていることが指摘されています。
また、受動喫煙との関係も言われています。
遷延性中耳炎のような難治性中耳炎に対する治療は、鼓膜切開や、鼓膜チューブ留置術などの外科的治療を含めた、積極的な治療が必要になります。
どの子どもさんの中耳炎も難治化する可能性があります。そのため急性中耳炎になったあとは、症状がなくなっても、必ず定期的にフォローアップすることが必要です。
何に気をつければ?
滲出性中耳炎は、小児に多く、痛がらず、難聴だけです。お母さんが気づいてあげないと、病気が発見されません。
痛がらないので放置していると、大切な成長の時期に難聴のままでいることになります。
子どもさんが、「テレビの音が大きい」「呼びかけに反応しない」などの症状があることに気づいたら、すぐにかかりつけの耳鼻咽喉科医にご相談ください。
耳の中を見るだけで簡単に診断がつきますので。