レーザー治療。レーザー手術。
魔法のように言われているレーザー治療とは、一体どんな原理に基づいているのでしょう。そして、生体にどのような作用を及ぼしているのでしょうか。
今回は、花粉症、アレルギー性鼻炎に対するCO2 レーザー治療について書きます。
レーザーとは?
レーザー治療について理解するためには、まず、レーザーについて知らなければなりません。
「レーザー とは、英語でLight Amplification by Stimulated Emission of Radiation (誘導放出による光増幅放射)の頭文字の略語( LASER )であり、指向性と収束性に優れた、ほぼ単一波長の電磁波を発生させる装置である。」
難しい説明です。簡単に説明すると、”高いエネルギーを持った電子が低いエネルギーを持った電子になるとき、外部から当てた電磁波がより整った電磁波になって放出される” というものです。
1917年にアルベルト・アインシュタインが書いた量子力学の論文を基礎として、1960年に初めてルビー結晶によるレーザー発振が実現しました。続いて1964年にはCO2レーザーが、1968年には医療用の高出力レーザーが開発されました。
レーザー光については、前回のトピックスで詳しく説明しています。ご参照ください。(上記、下記の文章も含みます。)
オトラム(OtoLAM)
レーザー光の性質は物理学的にいくつかありますが、医療に応用される最大の特徴は2つあります。
“拡散せずに直進すること” と、
“パルス発振によって、1点に高いエネルギーを集中させることができること” です。
レーザー光の直進性は、宇宙空間に応用されています。レーザー光のパルス発振は、10の-9乗から10の-15乗秒の非常に短い時間間隔で行われます。
炭酸ガス
レーザー光には幾つもの種類があり、ルビー、炭酸ガス(CO2)、YAG(ヤグ)、KTP、半導体などのレーザーがあります。
このうち花粉症やアレルギー性鼻炎の治療に使用されるのは、炭酸ガスレーザーです。略してCO 2レーザーと呼ばれます。
CO2レーザーは、レーザーを増幅する媒質として二酸化炭素ガスを用います。
炭酸ガスにHe(ヘリウム)、N2(窒素)を混合し、その他のガス(H2, Xe, Ne )を加えてパイレックスガラスで作製された放電管と呼ばれる光共振器内に導入します。低電圧を加えてガス内で放電させることで、レーザー光出力を得ます。左右の反射鏡を利用して図1では右端よりレーザー光を誘導します。
炭酸ガス以外の混合ガスは、レーザー機器各社別に微調整があります。
CO2レーザーは波長10,600nmの赤外線領域の光であり、特徴として、深達度が非常に浅く、水に吸収されやすいことがあります。
CO2レーザーを照射すると、その部位の細胞内の水分が反応して一瞬で熱エネルギーが発生します。この一瞬で生じた熱で組織の水分が瞬間的に蒸散するので、熱損傷を最小限にすることが可能です。
このCO2レーザーの性質を応用したのが、花粉症のレーザー治療です。
鼻粘膜のどこに?
CO2レーザー光の特徴は、理解しました。
では、鼻粘膜の一体どこにレーザーが作用するのでしょう。
先に書いたCO2レーザーの特徴に、深達度が非常に浅いことがあります。これは、レーザー治療のとき、レーザー光が鼻粘膜の表面だけに作用することを意味します。すなわち、CO2レーザーは鼻粘膜表面の細胞層から深い位置に存在する太い血管や重要な神経までは到達せず、これらの組織を焼灼し破壊することはしません。
また、CO2レーザーは水に吸収されやすいため、粘膜などの生体組織ではとくに強力なエネルギーが集中して、簡単に組織を蒸散させることができます。
CO2レーザーは、鼻粘膜表面の上皮細胞、上皮細胞直下にある鼻腺細胞、知覚神経などに作用し、これらを瞬間的に蒸散させて熱変性へと導きます。
タンパク質は60℃で熱変性を起こし凝固しますから、鼻粘膜表面はタンパク熱変性による凝固と、創傷治癒過程での瘢痕形成と線維化によって硬くなり、花粉などの多量のアレルゲンの侵入を防ぎます。
さらにレーザー光は、鼻腺細胞の数を減少させ、粘膜直下を走行している知覚神経終末を熱変性させます。そのため、花粉やハウスダストなどのアレルゲン刺激があっても知覚神経が十分に機能せず、鼻腺細胞からの鼻汁分泌も減って、くしゃみや水様性の鼻水が少なくなります。
このように、花粉症や慢性鼻炎のレーザー治療は、CO2レーザーの特徴を利用して鼻粘膜表面と表面直下の組織の変性と瘢痕化を促し、粘膜直下でのアレルゲン暴露や知覚神経刺激が起こりにくくする治療です。
CO2レーザー治療は、外来治療で局所麻酔下に、簡便に実施できるため、現在では、花粉症の治療に広く普及しています。
どんな時にするの?
レーザー治療の効果はわかりました。
では、どんな時にレーザー治療を受ければ良いのでしょう。
基本的には、以下のような場合です。
ハウスダストなどの通年性アレルギー性鼻炎や日常生活に支障をきたすような重症の花粉症で、
①内服薬や点鼻薬で効果が十分でないとき、
②職業によって内服薬が使用できないとき(長時間の運転業務など眠気があると危険な職業の場合)、
③妊娠中や他の治療中の病気で、内服治療が困難なとき、
④内服治療を継続したくない場合、
⑤定期通院が困難な場合、
⑥その他の理由による治療選択として、
などの場合です。
一般に鼻の病気などの良性疾患は、治療選択として、医学的適応に加えて本人の治療選択があります。
「薬の治療を受けたくない」などがこれにあたります。もちろん症状が高度で内服薬を必要とする場合に限りますが、このような場合もレーザー治療の対象に含まれます。
治療はどうするの?
外来診療で治療可能です。
鼻の中を内視鏡でよく観察し、高度な鼻中隔湾曲症や鼻茸などがないかどうか、確認します。
鼻の中に、局所麻酔薬に浸したガーゼを挿入して、20-30分待ちます。
保護眼鏡をかけてもらい、レーザー治療を行います。一度に両側の鼻腔に行いますが、片方だけすることもできます。片側で10分くらいです。出血はほとんどありません。
鼻腔内の操作が可能である年齢であることが条件です。通常は、10歳くらいから可能になります。
血圧や糖尿病の治療中、また抗凝固薬を内服している患者さんにも、簡単に行うことができます。
治療効果は?
いちばん気になる治療効果です。
実際にレーザー治療を受けた後、くしゃみ、鼻水、鼻づまりにどれくらい効果があるのでしょうか。
一言で言うと、個人差があります。
レーザー治療に関しては、全国の耳鼻咽喉科医療機関ごとに個別に実施されているため、統計的に大規模な集計データが集計しにくい現状があります。さらに、過去にレーザー治療を受けた患者さんの経過を長期間同施設で観察することの困難さから、統一した見解が得にくい事実があります。
しかしながら、それを差し置いて評価しても、レーザー治療は、確実な効果が実証されている治療方法です。
くしゃみ、鼻水、鼻づまりの3症状のすべてに効果がありますが、一般にくしゃみ、鼻水に対する効果は、鼻づまりよりも治療効果が長く持続する報告が多いようです。
気になる長期効果は、一言で言えば、個人差があります。数年から10年くらい症状から解放された、または軽くなったという患者さんもいれば、1年ほどでまた鼻づまりが出てきたと言われる患者さんなど、正直、個人によってさまざまな経過をとるのが現状です。
それははっきり言うと、レーザー治療の優劣でもなく、治療を行う施設でもなく、治療に携わる医師でもなく、レーザー治療を受ける患者さんサイドの個体差というものに起因すると考えられます。
慢性鼻炎の重症度、鼻中隔わん曲症の有無、慢性副鼻腔炎を合併しているかどうか、に始まり、年齢、生活習慣、環境、アレルゲン暴露の頻度、職業の関与、自覚症状のとらえ方、など実に多様な要素が存在するからです。
ただ1つ、レーザーの特性は効果に影響します。CO2、YAG、KTPなどのレーザー光の特性が違うと、鼻粘膜下への深達度や組織蒸散効果も違っていますので、効果に差は出てきます。
それでも実際の効果を期待されると思いますので誤解を恐れずに言えば、レーザー治療によって2-3年以上は、症状から解放されたり軽減されることが多いと答えておきたいと思います。
完治とまではなかなか困難ですが、低侵襲であること、外来診療で実施可能であること、手術後の負担などを総合的に考慮すると、非常に優れた治療方法であることは疑いの余地がありません。
最も良い方法は、レーザー治療を担当される主治医に、ご自分の重症度や病態について詳しく説明していただいて、治療効果を予想していただくことだと思います。
治療後にまた悪くなったら?
実はいちばん知りたいことかもしれません。
レーザー治療後に、再度、症状が悪化した場合は、繰り返しレーザー治療を行うことができます。回数の制限はとくにありません。
レーザー治療後に再発した、難治性鼻炎に対しては、通常の場合、再び内服薬や点鼻薬などの治療に戻っていることが多い印象です。
もともとレーザー治療を選択するほどの重症度であったため、内服治療の効果は今ひとつかもしれません。
繰り返しレーザー治療を行うことは、選択肢の1つではあると思います。
また、他の治療デバイスを用いた治療方法も考慮に値します。
他のレーザー治療は?
レーザー治療は、1種類だけです。
レーザー治療と類似する治療はあります。
アルゴンプラズマ凝固、
セロン(Celon)、
コブレーター(Coblator)、
などが、その代表です。1つ1つ、特性があります。
アルゴンプラズマ凝固は、高周波ガスを瞬間的に吹きつけてレーザー治療と同様に鼻粘膜を凝固させる治療です。
セロンは、鼻粘膜に電極を刺入して、内部から高周波凝固する治療です。
コブレーターも、鼻粘膜に電極を刺入して、内部から高周波凝固する治療です。
どれも外来治療で可能です。
当クリニックでは、上の2つを実施しています。
レーザー治療を選ぶとき
レーザー治療が効かない。
レーザー治療をしたけど、良くならない。
そういう意見をときどき聞きます。レーザー治療が悪いのではなく、鼻炎の重症度が高いのです。または、鼻中隔湾曲症や副鼻腔炎など、他の治療が必要な病気が残ったままかもしれません。鼻炎の重症度が高く、レーザー治療での効果が期待できない場合は、最終的に手術治療を選択する必要があることがあります。
そのため、レーザー治療を選択するときは、まず、内視鏡検査を実施して、鼻茸や鼻中隔湾曲症がないかどうかを、きちんと診断することが必要です。CTなどの画像検査が必要なことがあります。
その上で、「自分にとってどの治療が最も良い治療なのか」、かかりつけの耳鼻咽喉科医とよく相談することが必要です。
難治性の鼻炎
レーザー治療でも治らなかったとき、何か治療方法は、あるのでしょうか。
現在、難治性の鼻炎に対しては、手術治療の選択ができます。手術は侵襲がある治療ですので、患者さんの意思決定が必要ですが、効果は劇的です。
当院では、数多くの手術実績があります。
ご興味のある方は、ご覧ください。
結局どうすれば?
「正しい診断は、治療への最短距離です。」
これは、当院の50年間のポリシーです。
医療は、正しい診断から始まります。
そして、診断にもとづいた適切な治療選択がなされるべきです。
1人1人の体は、みんな違います。
あなたの鼻炎は、レーザー治療で治るのか、症状が軽くなるのか。治療効果はどのくらい見込めるのか。効果の持続期間はどのくらいと予想されるか。再発の可能性は? 再発したとき、どんな治療をするのか。またどんな治療選択があるのか?
など。ぜひ治療開始前に知っておくと良いと思います。
まずは、正しい診断が必要です。
レーザー治療を受ける前に、かかりつけの耳鼻咽喉科医とよく相談してください。
それが、あなたにとって正しい診断と適切な治療選択になります。