最近よく聞く病名です。
一度は聞いたことがあると思います。
読んでわかりやすい病名ですので、何となく理解しているつもりになってしまいますが、本当にどんな病気かご存知ですか?
今回は、逆流性食道炎について書きます。
逆流性とは?
逆流性とは、どんな意味でしょう。
もちろん、食道の次は胃ですから、胃酸の逆流であることは容易にわかります。でも、どうしてある人だけ逆流するのでしょう。
逆流の理由を知るためには、まず、食道と胃の解剖学的知識が必要になります。
食道
食道は、咽頭と胃を繋ぐ管(くだ)状の器官です。長さは成人で25-30 cm です。
内腔側から粘膜、筋層、外膜の3層構造からなっています。
食道の粘膜は、食物が通過するため頑丈な重層扁平上皮で、粘膜下層には多数の食道腺があり、唾液同様、粘液を分泌することで食物が通過しやすいようにしています。
筋層は内側に輪走筋、外側に縦走筋が存在します。螺旋状に走行する輪走筋と直交する縦走筋の協調運動で、食物を下方に送る、蠕動運動が可能となっています。
嚥下後、食道に入った液体は数秒程度で、固体状の物は数十秒以内には食道を通過して胃へ移動します。
食道は、頸部(第6頸椎)で始まり、胸部では気管支や大動脈弓、心臓の後ろを通り、横隔膜(食道裂孔)を突き抜けて腹腔内に入ります。横隔膜の下、第11胸椎の高さで胃の噴門(ふんもん)とつながります。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9F%E9%81%93(→英語版)
図2で、最後方に位置する黄色が食道(Esophagus)です。
胸部食道では、食道は、心臓や大動脈、気管の後方に位置し、最も深いところを走行しています。(図2)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E9%9A%94%E8%86%9C
ドーム状の横隔膜を下方から見ると、図4のように見えます。図4でピンク色の食道は、食道裂孔という、横隔膜の隙間を通過して腹腔に降りてきます。
食道には3ヶ所の生理的狭窄部があります。①咽頭との接合部、②気管支の後ろを通る部位、③横隔膜を通過する部位です。
これら3ヶ所は狭くなっているため、食物の通過障害を起こしやすく、噴門(胃との接続部分)を含めた4箇所は、食道癌の好発部位となっています。
https://gastro.igaku-shoin.co.jp/words/食道の解剖用語
1ヶ所目の食道入口部と3ヶ所目の横隔膜食道裂孔による狭窄部はとくに狭くなっています。
LES
逆流性食道炎は、LESの異常によって発症します。
LESは、Lower Esophageal Sphinctor の略で、食道下部括約筋はその訳語です。
食道下部括約筋は、食道下部の胃との接合部に存在する括約筋で、胃内容物が食道へ逆流しないように収縮しています。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f5/GERD.png
逆流性食道炎(Gastro esophageal reflux di sease, =GERD)は、このLESが緩んで胃内容物が食道に逆流した病態です。
食道には、先に書いた、3つの生理的狭窄部位がありますが、この部位は括約筋で収縮して食物をブロックすることはありません。
LESは、一度胃に入った胃内容物が食道へ逆流しないようにするために存在するので、通常はつよく収縮していて、食物が胃に入る時だけ弛緩するようになっています。お腹いっぱい食べて胃内容物が増えても、食道にすぐに逆流してこないのは、このためです。
ところが、さまざまな原因でこのLESが弛緩してくると、弛緩の程度によって胃酸が逆流します。
通常、胃内容物が大量に逆流するほどのLESの弛緩は稀であり、おもに胃酸が逆流することが多く、げっぷや胸やけ、呑酸(酸っぱいものが上がってくる)などの症状として現れます。
これを、胃食道逆流症(Gastro esophageal reflux disease = GERD)といいます。
症状は?
胸やけ(みぞおちの上の焼けるような感じ、しみる感じなど)や呑酸(酸っぱい液体が上がってくる感じ)などの自覚症状があります。
胸が圧迫されるような痛みを感じたり、のどの違和感や慢性的に咳が持続する患者さんもいます。
これらの症状が、胃酸が逆流しやすい食後2~3時間に起こります。
逆流性食道炎とは?
胃食道逆流症(GERD)と、逆流性食道炎は、どう違うのでしょうか。
じつは、胃食道逆流症(GERD)には、大きく分けて3つのタイプがあります。
①食道炎はないが、自覚症状がある。
②食道炎はあるが、自覚症状がない。
③食道炎があり、自覚症状がある。
この3タイプのうち、食道炎を起こしているもの(②, ③)が、逆流性食道炎として診断されます。
つまり、胃食道逆流症(GERD)の中で食道炎を起こしているものを逆流性食道炎というのです。
胃壁は、胃内容物の消化を行なうために、強い胃酸に対して防御されています。そのため、胃酸が長くあっても胃壁の炎症は起こりません。ところが食道は、胃壁のような酸に強い粘膜構造にはなっていません。そのため、短時間の胃酸の逆流によっても簡単に食道粘膜がびらんを起こしてしまいます。これが、逆流性食道炎です。
通常、胃酸がすこし食道に逆流しても、逆流性食道炎は起こしません。
ところが、逆流性食道炎の患者さんでは、食道の蠕動運動が低下していることが多く、逆流した胃酸の停滞時間が長くなる傾向があります。このことも逆流性食道炎を悪化させる原因になっています。
また、特殊な病気として、食道裂孔ヘルニアがあります。
通常、横隔膜の食道裂孔は解剖学的な理由によって胃の逆流を防いでいます。(図4)
食道裂孔ヘルニアは、横隔膜の食道裂孔から胃の一部が上方に入り込んで、ヘルニアを起こした病態です。(図7)
加齢にともなって下部食道の周りの靭帯、筋肉が緩んだり、慢性的な前屈姿勢によって、また肥満や妊娠などで腹圧が上昇して胃が挙上されることが原因と言われています。
その他に逆流を起こす原因としては、体重増加、脂肪食、カフェイン含有飲料、炭酸飲料、アルコール、喫煙、薬物があります。
LESの収縮圧を低下させる薬物には、抗コリン薬、抗ヒスタミン薬、三環系抗うつ薬、カルシウム拮抗薬、プロゲステロン、硝酸薬などがあると報告されています。
食道炎の診断
逆流性食道炎の診断は、ほとんど胃食道内視鏡検査によります。
逆流性食道炎の診断には、現在、改定ロスアンゼルス分類があります。
Grade N 内視鏡的に変化を認めない
Grade M 色調が変化しているもの
Grade A 長径が5mmを越えない粘膜障害で粘膜ひだに限局されるもの
Grade B 少なくとも1ヵ所の粘膜障害が5mm 以上あり、それぞれ別の粘膜ひだ上に存在する粘膜障害が互いに連続していないもの
Grade C 少なくとも1ヵ所の粘膜障害が2条以上のひだに連続して広がっているが、全周性でないもの
Grade D 全周性の粘膜障害
(改定ロスアンゼルス分類)
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/sp/contents/000231.html
(慶應大学病院 医療・健康情報サイト KOMPAS より転載しています。)
一般に、逆流の程度が大きいほど食道粘膜につよい傷害を起こすため、食道炎のGrade が上がります。
( N, M → A B C D の順に重症化 )
胃酸の逆流によって、食道炎(図1)、食道潰瘍、食道(瘢痕)狭窄(図2)、バレット食道(図3)、食道がんが起こります。
バレット食道は食道がん(腺がん)の前病変です。細胞の異形成がみられない患者さんに対しても、胃内視鏡検査を3-5年に1回実施することが推奨されています。
診断の第一選択は、胃食道内視鏡検査です。
治療的診断も用いられます。
外来24時間PHモニタリング(カテーテル法、ワイヤレス法)、食道造影、食道内圧検査などが行われます。
胃食道逆流症は、乳幼児にもみられ、溢乳による誤嚥や慢性咳嗽、喘鳴、さらに上咽頭への逆流による中耳炎の原因になると言われています。
治療は?
治療は、薬物治療を基本とします。
さらに生活習慣の改善、難治例や治療抵抗例には手術治療を行います。
PPI と P-CAB
逆流性食道炎の基本的な治療は、プロトンポンプインヒビター(Proton Pump Inhibitor =PPI)やヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2 ブロッカー)と言われる、胃酸分泌を抑制する薬を内服する薬物療法です。
胃酸は、胃粘膜に存在する酵素の「H+K+/ATPase」の働きにより分泌されます。この酵素は壁細胞のプロトンポンプに作用し、ATPを利用して H+を放出し、K+(カリウムイオン)を取り込んでいます。
PPIは、この酵素のH+放出をブロックしますが、K+取り込みをブロックする薬が開発されました。カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(Potassium-Competitive Acid Blocker : P-CAB)と呼ばれる薬剤がそれです。
このP-CABは、非常に強力な胃酸分泌抑制薬で、これまで難治性であった食道炎にも極めて有効です。2018年以降、P-CABの登場で、逆流性食道炎の薬物治療が劇的に進歩しています。
生活習慣や薬剤
逆流性食道炎は、肥満、体重増加、前屈姿勢、服による腹部の締めつけなどの腹圧上昇、食べ過ぎや早食い、高脂肪食やチョコレート、過度のアルコール摂取や喫煙、カフェイン含有飲料や炭酸飲料の摂取、さらに就寝前3時間以内の食事などが、発症の原因になります。
そのため、これらの生活習慣の見直しも重要な治療になります。
抗コリン薬、抗ヒスタミン薬、三環系抗うつ薬、カルシウム拮抗薬、プロゲステロン、硝酸薬などの薬物も原因になりますので、内服薬の確認も重要です。
手術治療
しかし逆流性食道炎は、原因によっては薬物療法や生活習慣の改善のみでは症状が改善しないこともあります。
食道狭窄に対しては、バルーンやチューブを用いて狭窄部を繰り返し拡張させる治療を行います。
バレット食道は通常、プロトンポンプ阻害薬による薬物療法を行なっても消失せず、そのままです。
そのため、前がん状態の場合は、内視鏡下にラジオ波焼灼術、凍結手術、レーザー焼灼術等を行って異常組織を破壊します。また、内視鏡下手術で組織を切除することもあります。
薬剤治療での難治例や再発例、重症の食道裂孔ヘルニアが存在する場合は、腹腔鏡下噴門形成術(Fundoplication)と呼ばれる、逆流防止の手術を行うこともあります。
逆流性食道炎で知っておくこと
逆流性食道炎は、成人の10-20%という報告があります。単なる胸やけではなく、重症化するとバレット食道から食道がんに至ります。
また、耳鼻咽喉科領域では、胃酸の逆流による、喉頭肉芽腫(ポリープ)の発生や、慢性の咳、喉頭異常感症の原因として有名です。
食べ過ぎや肥満、夜遅くの食事、食べてすぐ寝るなどの生活習慣があれば、ぜひご自分の健康のために考えてください。
かかりつけの耳鼻咽喉科の医師に尋ねても、きっと同じ返事が返ってくるはずです。