「鼓膜にチューブを入れた。」
「鼓膜にチューブが入っている。」
鼓膜チューブについて知っていますか?
そして、どんな時、何のために入れるか、本当に理解していますか?
今回は、鼓膜チューブ留置術について、書きます。
鼓膜チューブとは?
日本語で鼓膜チューブ、英語では、Tympanostomy tube, または、grommet と呼ばれます。
難治性の滲出性中耳炎の治療のときに、使用します。チューブは、直径4 mm 、シリコン製でボタン型をしています。
写真1 鼓膜ドレイン Bタイプ (KOKEN)
https://www.kokenmpc.co.jp/products/medical_plastics/ent/drain-b/index.html
よく使用されている高研(株)の鼓膜ドレインBタイプです。
外部フランジが3 mm, 内部フランジが4 mm で、厚さが2 mm 。内腔から換気できます。シリコン製で挿入が簡単。違和感がありません。感染を起こしにくく、長期間安定します。
https://www.medtronic.com/jp-ja/your-health/treatments-therapies/ear-infections/therapy.html
Medtronic 社製の鼓膜チューブです。
鼓膜チューブは、いくつかの会社から発売されています。
どんな時に?
滲出性中耳炎で、何度も再発して滲出液が貯留するときに、適応になります。
鼓膜切開を繰り返してもすぐに滲出液が貯留してしまい、難治性のとき、鼓膜切開の切開創に留置します。
正式には、鼓膜チューブ留置術ですが、略して鼓膜チュービングとも言われます。
鼓膜チューブ留置術の適応は、
①3ヶ月以上滲出液中耳炎が遷延するとき、②反復性中耳炎のとき、
③両側40 dB 以上の難聴、
④鼓膜に病的変化があるとき、
等となっています。
反復性中耳炎とは「過去6ヵ月以内に3回以上、12ヵ月以内に4回以上の急性中耳炎に罹患」する中耳炎のことです。
しかし実際は、個人個人の病態に合わせてチューブ挿入を行うかどうかを決定することが多く、一概に決められるわけではあります。
アデノイド肥大があり、難治性滲出性中耳炎の原因になっているときは、アデノイド切除術と同時に行うこともあります。
どうやって入れるの?
鼓膜切開の切開創にフランジの片側を入れて、挿入します。片側のフランジが鼓膜内に入ると、もう片側のフランジを曲げて押し込みます。フランジはシリコン製で痛みがなく、よく撓(しな)るため、片側が挿入されると、もう片側もすんなり入ります。
内部フランジの直径は4 mm ですが、フランジはよく曲がるため、切開創は4 mm より小さくても可能です。
また、チューブのフランジに切れ込みが入れてあって、フランジよりずっと小さな切開で挿入がしやすくしているチューブもあります。
図1 パパレラ・ベンチレーションチューブ
(イラスト)
鼓膜との接触面積と切開創を考慮した、T型のチューブもあります。
図2 T型チューブ (イラスト)
アンブレラタイプもあります。
チューブ抜去が簡単にできるように、糸付きのチューブもあります。生体に影響ない糸を使用しています。
挿入後は、内部フランジと外部フランジで自然に鼓膜に固定されるため、運動やその他の日常生活で外れたりすることは、まずありません。激しい運動でも全く心配いりません。
挿入は、ごく短時間で終了します。
通常は、局所麻酔で施行可能ですが、小児で治療に協力できない場合など、全身麻酔で行います。
鼓膜チューブ挿入のイメージ画像です。
通常、顕微鏡操作で行います。
以前は、チューブ挿入専用プランジャーもありました。(現在は販売されていません。)
通常は、耳処置用の小鉗子で十分可能です。
何のために?
鼓膜にチューブを入れるのは、一体何のためでしょう。
鼓膜にチューブには、すべて穴が開いています。換気孔があり、中耳腔と外耳道の圧が常に同じになるようになっています。
どうやら、この点に正解がありそうです。
これは、滲出性中耳炎の病態を考えると理解できます。
滲出性中耳炎は、小児に多く、耳管機能不全のために中耳腔が陰圧になることで起こります。
小児の耳管機能が悪くなるのは、アデノイドの肥大や鼻副鼻腔炎によって耳管からの空気の流入がブロックされて、中耳腔が陰圧になるのです。
鼓膜切開のあとは、しばらくの間、鼓膜に穴が開いています。この間は、鼓膜に滲出液は貯留しません。鼓膜の内陥や癒着も起こりません。鼓膜の切開創が治癒して鼓膜が閉じてしまうと、陰圧によって再び滲出液が貯留したり、鼓膜に内陥や癒着が起こります。
したがって、鼓膜チューブ挿入の意義は、
①中耳腔が陰圧になるのを避けて、中耳腔に滲出液が貯留しない状態を維持すること、
②良好な聴力を保つこと、
③長期的な耳管機能不全による、癒着性中耳炎や真珠種性中耳炎の発症を予防すること、
にあると考えられます。
したがって鼓膜チューブは簡単に言うと、
“鼓膜切開の後がずっと一定期間続いた状態を作るための方法”
と考えると理解しやすいと思います。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%B2%E5%87%BA%E6%80%A7%E4%B8%AD%E8%80%B3%E7%82%8E
(→英語版)
滲出性中耳炎や耳管機能については、各テーマごとにトピックスを書いています。
この機会にぜひお読みください。
チューブの合併症?
鼓膜チューブ留置術は、いくつかの合併症があります。
①チューブの自然脱落
②チューブからの感染の反復
③鼓膜穿孔の残存
①チューブは自然脱落することが、ときどきあります。それ自体は合併症というほどのことではありません。脱落した場合、再度、挿入するかどうかを決定し、挿入が必要ならば、再挿入すれば良いのです。
②チューブを挿入した後、何度も感染をおこして、耳漏を繰り返すことがあります。
抗菌薬点耳や内服によって、コントロールしながら、感染の原因を探ります。アデノイドやコントロールできていない鼻副鼻腔炎が存在すると、チューブの感染の原因になります。また、お風呂で潜ったり、水泳、水遊びによる外耳道の汚染や過度の耳掃除なども要注意です。
あまりに耳漏を反復する場合は、一度チューブを抜去して、原因のコントロールを行い、再度チューブを挿入します。
③チューブ挿入後の感染の反復や、チューブの自然脱落後に、鼓膜に穿孔(あな)が残ってしまうことがあります。
いつ誰に起こるかわからない合併症ですので、予測は困難ですが、合併症の中で最も気をつけなければならないものです。
チューブを挿入するときに、主治医とよく話し合っておくことが必要ですが、万一、鼓膜に穿孔が残ったら、鼓膜穿孔を塞ぐ治療を行わなければなりません。
比較的小さな鼓膜穿孔であれば、ほとんど外来治療で閉じてしまいます。大きな穿孔や、薄い鼓膜の場合は、外来治療で穿孔が閉じにくく、将来的に鼓膜形成手術を行なって鼓膜穿孔を治療する場合があります。
鼓膜形成手術の時期は、幼少期には行わず、学童期以降(12歳-)になってから行うのが理想です。
本当に入れた方が良いの?
鼓膜チューブは、本当に入れた方が良いのでしょうか。
難しい質問です。
各症例ごとに、慎重に判断するしかないでしょう。
ただ、滲出性中耳炎が、長期間続くことで、将来、癒着性中耳炎や真珠種性中耳炎になる可能性が高いと判断されるときは、例え鼓膜に穿孔が残っても、私は迷わず、鼓膜チューブ挿入を勧めたいと思います。
それは、万一、癒着性や真珠種性中耳炎になってしまったら、耳の手術も含めて、治療そのものの難易度が非常に高くなるからです。
鼓膜チューブ挿入によって、癒着性中耳炎や真珠種性中耳炎になることを阻止できれば、例え万一、合併症で鼓膜に穿孔が残ってしまったとしても、最悪でも鼓膜形成手術で治癒します。
癒着性中耳炎や真珠種性中耳炎では、鼓室形成手術を行なっても、常に再発の可能性や聴力の回復のために、複数回の手術や外来治療が必要になることが多いからです。
どちらを選択すべきか、重要な判断です。
チューブを考えたら?
かかりつけの耳鼻咽喉科医から、鼓膜チューブの挿入を勧められたら、まずは、主治医の意見を良く聞いて、医師の判断に従ってください。
貴方や貴方のお子さんの耳をいつも診てくれている先生方です。
貴方や貴方のお子さんに、いちばん良い治療を考えてくださるはずに違いありません。