上咽頭。不思議な領域です。
小児ではアデノイド adenoids が存在します。→アデノイド
アデノイドは上咽頭の扁桃腺として働きます(咽頭扁桃)。
成人になってアデノイドが退縮した後も上咽頭には”リンパ濾胞”が存在しています。ここで何らかの免疫応答が起こっているのです。
今回は咽頭扁桃について書きます。
上咽頭は?
まず解剖のお話です。
上咽頭とはどこでしょう? もうすでに何度も書いてきましたのでよくご存知の方もいるかもしれません。
http://www.jshnc.umin.ne.jp/general/section_01.html
(日本頭頸部癌学会HP)
鼻腔の奥の突き当たりの場所を上咽頭と言います。鼻からの呼吸の通り道になっています。(図1)
リンパ組織なの?
鼻咽腔には、外来抗原に対する防御機構が存在しています。これをNALT(nasopharyngeal associated lymphoid tissue)=鼻咽腔関連リンパ装置と呼んでいます。
NALTは広くMALT(mucosa associated lymphoid tissue)=粘膜関連リンパ装置と言われるものの一部です。
NALTは一言で言うと、咽頭扁桃のことです。
咽頭扁桃には、鼻腔粘膜から連続する強固な上皮バリア機構が存在するとされています。
扁桃組織は、細菌やウイルスなどの外来抗原を取り込んで処理し、免疫応答を起こします。
咽頭扁桃はどのようにして外来抗原を取り込むのでしょうか。
細胞間接着とは
生体組織は、皮膚の上皮細胞や鼻腔や咽頭の粘膜上皮細胞などがシート状に隙間なく密に並んでいることで、外界と厳しく隔絶されています。
生体内の環境が外界の影響を受けにくくして、独自の細胞環境を維持することができるようにするためです。これを上皮バリア機構と言います。
上皮細胞がシート状に並ぶためには、隣の細胞と細胞をつよく接着させる機能が必要です。隣接する細胞間を接着する結合には、箱型の細胞の頂部から順に、
①タイトジャンクション(Tight junction)
密着結合
②アドヘレンスジャンクション
(Adherence junction)
接着結合
③デスモゾーム(Desmosome)
接着斑 ボタン型に連結する
④ギャップジャンクション(Gap junction)
隣接細胞間での物質移動が可能な穴がある
などがあります。
①-④によって上皮細胞は隣接する細胞と密に接着することが可能になります。
図2左から、④gap junction, ②adherence junction, ①tight junction, ③desmosome の4type です。
これらの細胞間接着については、各種テキストよりweb上のWikipedia が非常に美しい図やイラストが豊富ですので、以下多くの部分をWikipedia からのイラストの引用で説明したいと思います。
タイトジャンクション
(tight junction)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%86%E7%9D%80%E7%B5%90%E5%90%88
密着結合。
タンパク複合体(protein complex)によって細胞膜上の膜タンパク質や膜脂質の移動を制限することにより、細胞の頂端部と基底部の領域を区分し、細胞の極性を維持すると考えられています。
細胞膜は脂質2重膜で構成されており、細胞膜上に膜タンパクや膜脂質、糖タンパクなどの物質が浮かんでいます。(図4)
これらの脂質2重膜上の移動をブロックすることによって細胞膜と細胞膜を接着するのがタイトジャンクション(tight junction)です。
接着にはたらくタンパク複合体(protein complex)には、クローディン Claudin (ファミリー), オクルディン occludin, トリセルリン Tricellulin, アンギュリン Angulin 等の細胞間接着タンパクが存在します。
アドヘレンスジャンクション
(adherence junction)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%A5%E7%9D%80%E7%B5%90%E5%90%88
接着結合(adherens junction)。
アドヘレンス・ジャンクション。接着帯。
上皮細胞では、密着結合(tight junction)の直下に帯状の接着結合があります。帯状のため接着帯(zonula adherens)とも呼ばれます。細胞の内裏をぐるっと一周して帯状に裏打ちしている。アクチンフィラメントの束(上図のアクチン線維)も平行して存在します。隣の細胞も同じ位置に接着帯があります。
カドヘリン (Cadherin) は細胞表面にある糖タンパク質で細胞接着をつかさどる分子です。
カドヘリンは繰り返す5つのドメイン構造を持ち、1つの膜貫通部分と4つの細胞内ドメインがあります。細胞内ドメインにはカテニンが結合し、細胞膜を裏打ちして走行するアクチンフィラメント等への連結を行っています。(図4)
デスモゾーム(Desmosome)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%A5%E7%9D%80%E6%96%91
膜貫通タンパクであるデスモグレイン(desmogleins)が細胞間を連結します。デスモグレインは隣り合う細胞内にある細胞膜裏打ちタンパク質のデスモプラキン(desmoplakins)に結合して、デスモプラキンは細胞内裏打ちの中間径フィラメント、ケラチン(keratin)に連結します。(図5)
デスモゾームはこのような構造で細胞間を接着しており、接着斑と呼ばれます。
ギャップジャンクション
(Gap junction)
細胞間を物質が通過できる細胞間結合。
ギャップ結合を形成する細胞間では、両側の細胞から半分ずつチャネルが提供され(半チャネル hemi channel)、2個のコネクソン(connexon)が対となって結合して完全なギャップ結合チャネル(connexin)が形成されます。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%8D%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3
細胞膜上のconnecxin (コネキシン)が6個集合してconnexon (コネクソン)を形成します。これが隣接する2個の細胞間で半分ずつ接着してgap junction が完成します。(図7)
外来抗原の取り込み?
細菌やウイルスなどの外来抗原が、生体に取り込まれるとき、通常は以下のような経路をとります。
細菌やウイルスなどが体内に入ってくると、マクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞(APC, antigen presenting cell)が集まってきてこれを細胞内に取り込みます。細菌やウイルスは分解されその一部やタンパクの断片がマクロファージや樹状細胞の細胞膜表面に提示されます。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%97%E5%8E%9F%E6%8F%90%E7%A4%BA%E7%B4%B0%E8%83%9E
マクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞(APC)が細胞膜上にあるMHC🟥(major histocompatibility complex, 主要組織適合遺伝子複合体)分子に抗原(Antigen)🟡を提示します。
未熟なT細胞(immature T cell 🔵)は、T細胞受容体🟪(TCR, T cell receptor)で抗原提示を受け取ります。その後、T細胞を介した免疫応答が進んでいくのです。
抗原提示細胞であるマクロファージや樹状細胞は、どのようにして細菌やウイルスを取り込むのでしょうか。
これには2つの方法があります。
1つは飲作用(pino cytosis)、もう1つは食作用(phagocytosis)です。マクロファージは食作用、樹状細胞は飲作用によって細胞内に取り込むと言われています。
すなわち通常の免疫応答は、細菌やウイルスなどの外来抗原を免疫細胞が直接、細胞内に取り込んで、その後免疫応答が進んでいくのです。
細胞内への物質の取り込み
体を構成している37兆個の細胞は骨髄の幹細胞、遊離して存在する血液細胞などの特殊な細胞を除けば、細胞間接着によって臓器を構成する細胞の多くがシート状、ブロック状に塊となって存在しています。
物質が細胞膜を通過して細胞内に取り込まれる過程は、脂質2重膜のイラスト(図4再)にあるように、膜貫通チャネル、イオンチャネル、イオンポンプ、トランスポーター(ATPを必要)、単純拡散、エンドサイトーシス(endocytosis) などさまざまな方法があります。生体内のあらゆる臓器の細胞で24時間絶え間なく起こっている現象です。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Fluid_mosaic_model
細菌やウイルスなどの外来抗原を細胞内に取り込む働きは、この細胞膜を通過する過程と全く違うプロセスです。
マクロファージや樹状細胞などの免疫細胞は、飲作用や食作用などの、“直接食べる行為”によって細胞内に取り込みます。
細胞間隙を通過できるか?
一方で、細胞間隙の物質移動について考察してみます。先に書いた細胞間接着による構造の特徴から、細胞間隙への物質の侵入は困難であることが予想されます。
多くの細胞の中で、とくにバリア機能を有する上皮細胞は強い細胞間接着によって強固に繋ぎ合わされているため、細胞間の隙間(すきま)に物質が入っていくことはかなり困難であることが理解できると思います。
基礎医学の解説がすこし長くなりますが、
上咽頭の免疫応答における外来抗原の取り込みは、じつはこの細胞間隙から始まるのです。
咽頭扁桃の上皮構造は?
咽頭扁桃の上皮構造はどうなっているのでしのうか。
咽頭扁桃では、リンパ上皮共生といってリンパ球と上皮が混在する組織学的特徴があります。上皮細胞の直下にリンパ濾胞が存在しリンパ球が貯留されているため局所で免疫応答がスムーズに進行します。
リンパ上皮共生は咽頭扁桃に限らず、口蓋扁桃や舌根扁桃などのワルダイエル扁桃輪の扁桃組織にすべて同じように見られます。
上皮細胞、樹状細胞、M細胞
咽頭扁桃上皮細胞には、上皮細胞のほかに樹状細胞とM細胞があります。
樹状細胞は、抗原提示細胞です。
細菌やウイルスを取り込んでT細胞に抗原提示を行います。
M細胞は小腸パイエル板を覆う吸収上皮細胞間に散在する細胞で小襞細胞(microfold(M) cell) とも呼ばれています。
M細胞は細菌やウイルスの取り込みを行い、T細胞、B細胞、マクロファージに抗原提示を行い、抗原提示細胞として働きます。
M細胞はパイエル板における消化管免疫に関与していると考えられています。
パイエル板とは、小腸の絨毛がパッチ状に未発達な部位のことです。(図9)
パイエル板は、腸管関連リンパ組織(GALT, gut assciated lymphoid tissue)の所要成分であり、多数のリンパ小節からなります。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AB%E6%9D%BF
咽頭扁桃の上皮は、上皮細胞、樹状細胞、M細胞の3つから構成されています。
咽頭扁桃の上皮細胞は、線毛機能を有する重層円柱上皮です。鼻副鼻腔粘膜は杯細胞を含む多列円柱上皮です。
咽頭扁桃の上皮と鼻副鼻腔粘膜の上皮は組織学的には類似していることがわかります。
鼻腔粘膜は上皮のバリア機能が高く、隣接する上皮細胞間の細胞接着が高度であることが報告されています。
クローディンの発現
近年、咽頭扁桃と口蓋扁桃、舌扁桃の上皮細胞のtight junction 接着因子であるクローディン claudin, オクルディン occludin等の発現頻度を比較検討した論文が報告されています。(札幌医科大学医学部耳鼻咽喉科頭頸部外科教室より)
その論文によると、口蓋扁桃や舌扁桃と比較して咽頭扁桃では明らかにクローディン claudin、オクルディン occludin、JAM-A、ZO-1 などの発現が高度に見られており、口蓋扁桃、舌扁桃では発現が低いことがわかる。
この事実から、免疫応答を担っているリンパ組織である口蓋扁桃、舌扁桃では細菌やウイルスなどの外来抗原が上皮間に侵入しやすく免疫応答を起こしやすいのに対して、咽頭扁桃では上皮細胞間のタイトジャンクション(接着結合)が強固であるため、外来抗原が侵入しにくくなっていることが理解できました。
咽頭扁桃の外来抗原取り込み
咽頭扁桃が外来抗原を取り込むためには、当然ながら細菌やウイルスが上皮細胞間を通過しなくてはなりません。通過ルートは現在3つ考えられています。
①細胞間隙を通過して上皮下に達する
②樹状細胞が直接受け取る
③M細胞が直接受け取る
①のルート 細胞間の強固なタイトジャンクションの間隙を通過するものです。抗原(細菌、ウイルス)がどの程度の通過力があるかは不明ですが、1つのルートとして存在します。
②のルート 樹状細胞は上皮細胞間隙に上皮下から細胞突起を伸ばしており、樹状細胞と上皮細胞どうしもタイトジャンクションで接着されていることが近年報告されています。樹状細胞の突起は上皮細胞のタイトジャンクションを超えて外側に位置しており、樹状細胞が直接抗原を取り込むのに最適な環境にあることがわかってきました。樹状細胞は抗原提示に最も重要な役割を果たしています。
③のルート 咽頭扁桃には直接抗原取り込みを行うM様細胞の存在が確認されており、M様細胞は他の上皮細胞とタイトジャンクションを形成していることが報告されています。M様細胞に取り込まれた抗原は抗原提示され、T細胞への免疫応答を起こします。
上記ルートの②③は直接、抗原を取り込むことが可能な環境であり、咽頭扁桃の解剖学的特徴であるリンパ上皮共生のために即座に免疫応答が進行するようになっています。
咽頭扁桃とは何?
咽頭扁桃はアデノイドです。咽頭扁桃は一体何のためにあるのでしょう。
通常の免疫応答における外来抗原(細菌やウイルス)の暴露は、局所の感染や外傷などによります。組織が炎症などで壊れてマクロファージや樹状細胞が集まってくるのです。
上皮細胞が整列してバリア機能がみられる組織では、抗原は、強固な細胞間隙を通過してリンパ濾胞に達する必要があります。
(ふつう扁桃腺と言われている)口蓋扁桃などの扁桃組織で、外来抗原を簡単に取り込んで免疫応答を容易に進行させたいと思うのであれば、細菌やウイルスなどの外来抗原が上皮バリアを破りやすいように、細胞間接着を緩(ゆる)くしておくべきです。
実際、口蓋扁桃や舌扁桃では細胞間接着は明らかに緩くなっていました。
ところが、咽頭扁桃だけは逆です。
上皮細胞間の細胞間接着が強固になっており、抗原が侵入しにくくなっています。これは生体における扁桃の役割、機能に矛盾することではないでしょうか。
咽頭扁桃の本当の役割は何でしょうか。
現在解明されている多くの事実のほかに、少しだけ別の真実が隠されているかもしれません。
誤解を招くと良くないので正しく述べておきます。終章で書いた文章は、過去に咽頭扁桃に関して研究されてきた事実や現在、咽頭扁桃に関して研究されている事実、すでに科学的に証明されている数多くの知見を否定するものでは一切ありません。科学的研究成果に敬意を表します。