また耳管についてです。
何度書いても書ききれないくらい、耳管機能は重要です。耳鼻咽喉科で扱う耳疾患のほとんど全てが耳管機能と関係していると言っても過言ではありません。
再び耳管について書きます。
耳管とは?
耳管について今まで書いた通りです。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Eustachian_tube
耳管は上咽頭と中耳をつなぐ管状の器官です。
耳管の解剖
中耳に近い側の約3分の1は耳管骨部と呼ばれ、上咽頭に近い側の約3分の2は耳管軟骨部と呼ばれています。
耳管の全長は36mm。耳管骨部の長さは約 12mm, 耳管軟骨部の長さは 24mm です。
耳管骨部と耳管軟骨部の境界の最も狭い部分を、狭部 isthmus と呼んでいます。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Eardrum
耳管軟骨部は、2面の弾性線維性軟骨と1面の膜性部分が合わさって構成されており、狭部を頂点、上咽頭側にある耳管咽頭口を底面とする略三角錐を形成しています。
(「耳管の臨床解剖 小倉義郎 日本耳鼻咽喉科学会会報 1974 年 77 巻 6 号 p. 477-480」より引用しています。)
耳管軟骨はその断面が杖(つえ)状の形をしており、小さい外側板と広く大きい内側板から構成されています。その半管状の形状は”牧者の杖”と形容され、外側壁と下壁は膜性板(2)からなり、結合組織で構成されています。膜性板に口蓋帆張筋が付着しています。
耳管の内腔(6)は、通常は耳管軟骨(4, 5)の弾力によって押しつぶされて閉じています。
耳管を開大させる筋は2つあり、口蓋帆挙(はんきょ)筋(7)と口蓋帆張(はんちょう)筋(3)です。
図4の第3図で、
①口蓋帆挙筋が収縮すると(7)、耳管軟骨内側板(5)が挙上されて耳管が受動的に開きます。
②口蓋帆張筋が収縮すると(3)、耳管軟骨外側板(4)が下方に引っ張られて耳管が受動的に開きます。
口蓋帆挙筋は舌咽、迷走神経支配。
口蓋帆張筋は三叉神経支配です。
耳管内腔は閉じていますが、表面の粘膜は重層線毛上皮で線毛運動機能を有し、粘膜下には多数の粘液腺が存在します。
耳管断面には最上部にわずかに空間があり、これを安全管と呼んでいます。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Eustachian_tube
図4は右耳管の3D CT画像です。(Valsalva CT)
青い部分(🟦)が全部耳管です。画面右の太くなった耳管が耳管軟骨部です。
解剖学的には耳管は管状ではなく、軟骨部が太く袋状になっていることが理解できます。
耳管に関する最新の知見では、
①耳管は管状ではなく、不規則な形態を有する袋状の構造をしていること、
②耳管骨部は正確には耳管ではなく中耳の前鼓室(鼓室の前方部分の空間)の延長であって、耳管軟骨部だけが本来の耳管ではないか、
と指摘されています。
耳管機能
耳管は、中耳の圧を外気圧と同じにするためにあります。
多くの中耳炎は、耳管から中耳に空気が入らないことが原因で起こります。
(滲出性中耳炎、癒着性中耳炎、真珠種性中耳炎)
①滲出性中耳炎(陰圧による滲出液の貯留)
②癒着性中耳炎(陰圧による鼓膜の癒着)
③真珠種性中耳炎(陰圧による鼓膜の弛緩部または緊張部からの鼓膜上皮の内陥)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Otitis_media
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Tympanic_membrane_retraction
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/Category:Otoscopy_of_cholesteatoma
(単純にイコールではありませんが)
中耳炎の多くは耳管狭窄または耳管閉塞によって発症するのです。
したがって中耳炎の根本的治療は必要ですが、耳管機能が改善されないと中耳炎再発の大きな要因となります。
耳管狭窄・耳管閉塞
耳管狭窄、耳管閉塞などの耳管機能不全に対しては、現在いくつかの有効な治療方法があります。
その1つが耳管通気処置です。
これは、上咽頭にある耳管咽頭口に金属カテーテル先端を当て、通気管から強制的に空気を送り込む治療方法です。
耳管通気によって鼓膜の内側に空気を送り込み、中耳の陰圧を解除して中耳炎が増悪する因子を除去することで中耳炎を治癒へ導こうとする治療方法です。
耳管通気は、中耳腔や乳突洞に貯留した液体や分泌物を排泄(ドレナージ)するためにも行われます。
耳管通気治療を確実に行うためには、カテーテル先端を耳管咽頭口に当てなければなりません。カテーテル先端を耳管隆起を超えて耳管咽頭口に確実に当て、先端ですこし持ち上げるようにして耳管咽頭口から空気を送ります。耳管と中耳腔の空間体積から空気圧は弱めで空気量は少量で十分です。
簡単な治療であり、耳鼻咽喉科領域で長い間、数多くの施設で行われている治療法です。
しかしながら、中耳炎をきたす病態はもともと耳管機能が悪い症例が多く、耳管通気を行なっても良好な通気を得られない(空気が入らない)ことがあります。このような症例では、耳管機能不全を病態とする中耳炎の中耳圧調整は十分に期待できません。
さらに、耳管通気時は加圧によって”通気が通る” (空気が入る)症例であっても、Valsalva法などによる自己通気や嚥下時などの通気は十分にできない(入りにくい)症例もあります。
このような難治性の耳管狭窄または耳管閉塞に対しては、最近までは根本的な治療方法が見出されていませんでした。
近年、オトベント(Otovent)等の受動的自己通気器具が開発されて、小児に対しても自宅で安全に通気治療を行うことが可能になりました。
オトベント (Otovent)
しかしながら閉塞した耳管を直接開大させる有効な治療方法は新しい治療方法が確立されるまではおこなわれていませんでした。
近年、欧米を中心に耳管狭窄をバルーンで開大する新しい治療方法が開発されています。
Balloon Eastachian Tuboplasty と呼ばれる治療です。
Balloon Eastachian Tuboplasty
Balloon Eastachian Tuboplasty は、
Balloon (バルーンによる) Eastachian Tubo (耳管) plasty (形成術) と訳されます。Balloon による耳管形成術です。
副鼻腔炎の治療にBalloon sinuplasty があります。心臓血管治療でバルーンカテーテルによって冠動脈形成を行う原理を応用した副鼻腔炎の治療方法です。 Balloon sinuplasty
Balloon Eastachian tuboplasty は、Balloon sinuplasty を耳管に応用したもの、と考えると理解しやすいと思います。
治療イメージを説明します。
耳管咽頭口です。
デバイスが耳管咽頭口に挿入されます。
Balloon が膨らんで耳管軟骨部が開大されました。
(図4-6 はStanford University のHPから引用しました。)
https://otosurgeryatlas.stanford.edu/otologic-surgery-atlas/tympanoplasty/eustachian-tuboplasty/
新しいデバイス
実際にBalloon Eastachian Tuboplasty に使用するデバイスはどのようなものでしょうか。
https://www.jnjmedtech.com/en-US/product/Acclarent-aera-eustachian-tube-balloon-dilation-system
Acclarent社製の米国初のBalloon Eastachian Tuboplasty System です。(写真3)
Acclarent 社のHPから動画でご覧ください。動画は下方へスクロール後に出てきます。
https://www.jnjmedtech.com/en-US/product/Acclarent-aera-eustachian-tube-balloon-dilation-system
医師からの動画もあります。
https://m.youtube.com/watch?v=ZmktTyxyoGQ&vl=ja
Stryker社(米)からも複数の製品が開発されています。
https://ent.stryker.com/medical-devices/sinus-eustachian-balloon-dilation
2020年、日本ストライカー社から耳管狭窄部拡張用バルーンカテーテル「XprESS(エクスプレス)」の市販が開始されました。
(2019年 薬事承認) (写真7)
Stryker社製もAcclarent社製も、治療の原理は同じです。
中耳炎の治療のために
耳管機能は耳管軟骨部が担っていることがわかってきています。
耳管軟骨部を開大させて耳管機能を良好にすることで、従来の中耳炎治療を根本的な部分からサポートすることが可能になりつつあります。
中耳炎の治療は、必要に応じて治療の適応を考えなくてはなりませんが、耳管機能の問題を改善させることで中耳炎治療の結果や予後がある程度予測可能になってくることが期待されます。
Balloon Eastachian Tuboplasty に関して、海外、国内からの長期予後についての報告が待たれるところです。
新しい治療とどう向き合うか?
外科的治療は、ものすごい勢いで低侵襲化しています。open からclose へ。小切開。内視鏡手術。カテーテル治療。
世界的な傾向にも思えます。
もしあなたが最新のデバイスによる治療を知ったら、ぜひ考えてみたくなると思います。
新しい治療方法はどんどん取り入れて実施すべきだと私は考えています。もちろん、それが患者さんのためになることであれば。
新しい治療デバイスには良いことばかりを期待しがちですが、確実な結果を出していくには治療経験の積み重ねが絶対に必要です。
大昔から医学の歴史は、経験の歴史であったことを忘れてはならないと思います。