再び、急性中耳炎についてです。
以前のTopics にも書きました。
急性中耳炎の原因となっている細菌の種類と、細菌に対する抗菌薬の選択、薬剤耐性菌について書きたいと思います。
急性中耳炎て何?
何回も書いてきました。
もう一度、復習しましょう。
鼓膜の奥にある小さな空間を” 鼓室 ” といいます。写真1では、外耳道の奥の白く塗ってある板の向こう側、図1では” 鼓室 ” として示してあります。鼓室は、中耳、または中耳腔と言われます。
この中耳腔に炎症が起こったのが中耳炎です。
中耳炎になると?
中耳腔に細菌感染が起こります。
生体の免疫機構が、細菌に対して応答します。白血球やマクロファージが集合して、細菌を貪食したり、壊したりします。白血球の死骸は膿(うみ)となって、狭い中耳腔の空間に溜まります。感染が治らないと、膿がたくさんできて、鼓膜を内側から膨らませます。(写真2)
写真3の正常鼓膜と比較してみましょう。
写真2は、急性中耳炎の鼓膜です。
鼓膜全体が赤く腫れて膨隆し、鼓膜表面は血管の拡張と充血が見られます。中耳腔には黄色の膿性分泌物の貯留が見られます。
皮膚の” おでき “が化膿した経験がある方は多いと思います。触れるだけでとても痛くて、無理に潰(つぶ)すとぷちっと膿が飛び出してくる、そんな状態にそっくりです。
中耳炎はいかにも痛そうです。
原因は?
中耳炎の原因は1つではありません。
乳幼児の未熟な耳管機能と、鼻副鼻腔炎による細菌感染が、主な原因です。
乳幼児の耳管は、大人に比べて短く、水平になっています。そのため、鼻咽腔の細菌が容易に耳管から中耳に入り込みやすい構造になっています。
耳管については、以前のTopics で詳しく書いていますので、ご覧ください。
さらに乳幼児は、生後間もない免疫機能の獲得の期間にあたるため、1年を通して、ウイルス感染、細菌感染に暴露されています。
その多くの機会に、鼻腔や副鼻腔の炎症を起こして、鼻副鼻腔炎による細菌叢が、耳管咽頭口のある上咽頭に形成されます。
簡単に言えば、” 小さな子どもさんは、免疫が弱いから、いつも風邪をひいては黄色い鼻水を出して、鼻をずるずるさせています。” ということですね。
この” ずるずるの黄色い鼻水の中の細菌 “ が未熟な耳管を経由して中耳に入り、中耳炎を起こしているのです。
何ていう細菌?
子どもさんの大切な耳を痛がらせる、急性中耳炎を起こす原因となる細菌は、いったい何という細菌なのでしょう?
代表的な細菌は3つあり、以前から変わっていません。
肺炎球菌
インフルエンザ菌
モラクセラ・カタラーリス
この3つの細菌によって、子どもさんの急性中耳炎が起こされるのです。
この3つの細菌を見ていく前に、細菌の分類方法について、基本的なことをすこし理解しなければなりません。
グラム陽性? 球菌?
グラム染色とは、細菌を染色する手法です。
細菌は、グラム染色によって染まるグラム陽性菌とグラム染色に染まらないグラム陰性菌に、大きく分けられます。
グラム陽性菌はグラム染色によって、クリスタルバイオレット🟪に染まる細菌です。
グラム陰性菌はクリスタルバイオレットに染まらず、サフラニン色素のピンク色に染まります。
グラム染色によって、クリスタルバイオレット(紫色🟪)に染まるかどうかは、細菌の細胞壁の構造によって決まります。
グラム陽性菌は細胞壁が厚く、ペプチドグリカンという物質が多く含まれています。
一方、グラム陰性菌は細胞壁が薄く、ペプチドグリカンが少ない構造をしています。
ペプチドグリカン層の厚さはグラム陽性菌で20-80 μm、グラム陰性菌で7-8 nmです。
グラム陽性菌の方がはるかに厚い構造をしていて、多くのペプチドグリカンを含んでいます。(40-90%)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E6%9F%93%E8%89%B2
写真5の紫色の細菌がグラム陽性菌、ピンク色の細菌がグラム陰性菌です。
球菌とは、形が球状の細菌で、桿菌(かんきん)は、形が棒状になった細菌です。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%90%83%E8%8F%8C
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%BF%E8%8F%8C
写真6の球状の細菌は球菌、写真7の棒状の細菌は桿菌、と呼ばれています。
このようにして細菌は、染色と形によって、グラム陽性球菌、グラム陰性桿菌、などと分類されています。
もう一度、写真5の細菌を見てみましょう。
紫色の細菌は形が球状なので球菌、ピンク色の細菌は棒状なので桿菌です。
したがって、紫色の細菌はグラム陽性球菌、ピンク色の細菌はグラム陰性桿菌、です。
写真5の
紫色の細菌は、代表的なグラム陽性球菌の
黄色ブドウ球菌。
ピンク色の細菌は、代表的なグラム陰性桿菌の大腸菌です。
少し専門的になりましたが、急性中耳炎を起こす代表的な3つの細菌に話を戻します。
肺炎球菌 Streptococcus pneumoniae
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%82%BA%E7%82%8E%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B5%E7%90%83%E8%8F%8C
肺炎球菌 Streptococcus pneumoniae は、グラム陽性の双球菌です。
1881年に単離されました。
症状
中耳炎以外に、肺炎、敗血症、髄膜炎などを起こす細菌で、強毒性をもった細菌です。
乳幼児などでは鼻腔や上咽頭にも常在菌として存在しています。小児では、難治性の急性中耳炎から重症化して肺炎を起こすこともあります。
肺炎球菌はとくに小児では、鼻副鼻腔から直接血液中に移行して重篤な菌血症を起こしやすく、これが細菌性髄膜炎や小児の肺炎球菌性肺炎の原因になると考えられています。
母体から胎盤を通過して胎児に送られる免疫グロブリンで最も多いIgG抗体のうち、IgG2は肺炎球菌の感染を防御する働きがあります。
新生児期は、母親からこのIgG抗体(IgG2)をもらっていますので肺炎球菌の感染症にかかりにくい状態です。しかし、IgG2は生後数ヶ月で極端に減少するため、小児は乳幼児期にこの肺炎や髄膜炎を起こす肺炎球菌に感染しやすくなります。そのため、この時期に肺炎球菌ワクチンを接種する必要性が高くなります。
肺炎球菌は、細菌の表面に莢膜(きょうまく)と呼ばれる多糖体からなる構造を持ち、現在90種類以上分類されています。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%8E%A2%E8%86%9C
莢膜は、細菌の菌体表面を覆う高分子ゲル状粘性物質であり、細胞膜のような組織学的な脂質2重膜ではありません。莢膜のほとんどは菌体表面から分泌されたものが、細菌表面に膜を形成しているものであって、粘液層(スライム)と同義です。似た構造物にバイオフィルムがあります。細菌の種類によって、莢膜を作る細菌と作らない細菌があります。
莢膜の厚さは 1 μm 以下です。
莢膜の多くは多糖類で構成されていて、タンパク質同様、抗原性を持ちます。抗原として認識されますので、生体はこれに対して抗体を作ります。これが莢膜抗原です。
細菌の表面の抗原は細胞抗原と呼ばれ、別の抗原性をもちます。しかし細菌が莢膜で覆われていると莢膜に対する抗体のみが産生され、細胞が露出していないため通常の状態では細胞抗原は産生されません。
同じ細菌の莢膜抗原による分類を血清型 (serotype) と言います。
一般的に、莢膜をもつ細菌は莢膜をもたない細菌に比べて、感染したときに生体内で増殖しやすく高病原性であると言われています。
細菌が莢膜で覆われていると宿主の免疫機構から逃れやすくなります。
これは、細菌が莢膜のために白血球やマクロファージから異物として認識されにくくなり、細菌表面に補体が付着しにくいため、免疫応答が起こりにくいためと言われています。
ペニシリン耐性肺炎球菌 PRSP
肺炎球菌に対する治療薬は、急性中耳炎などの局所感染症に対しては、ペニシリン系抗菌薬が第一選択になります。セフェム系抗菌薬も使用されます。
しかし近年、ペニシリン系抗菌薬に対する薬剤耐性肺炎球菌(ペニシリン耐性肺炎球菌 PRSP)の増加が問題になっています。
PRSP( Penicillin-Resistant Streptococcus Pneumoniae )は、肺炎球菌や化膿レンサ球菌などのグラム陽性球菌に有効な抗菌薬であるペニシリンに耐性を獲得した肺炎球菌です。
PRSPは、1967年ごろオーストラリアで無γグロブリン血症の患者さんから報告されたのを初めに、1970年代後半にアメリカ、スペイン、フランス、ドイツなどから、1980年代には南米、アジア諸国からも分離され、現在世界中で問題となっている薬剤耐性菌です。ペニシリンに対する耐性度によって、ペニシリン低感受性菌(PISP)とペニシリン耐性菌(PRSP)に区別されます。
現在、分離された肺炎球菌の30-50%がPRSP + PISPと判定されるのが一般的になっています。
細胞壁合成阻害
先に書きましたが、細菌の細胞壁にはペプチドグリカンが多く含まれており、このペプチドグリカンの生合成に関与しているペニシリン結合タンパク(penicillin binding proteins, PBPs)の変異によって耐性菌が発現します。
ペニシリン系抗菌薬、セフェム系抗菌薬は、βラクタム系抗菌薬と呼ばれ、細菌の細胞壁合成酵素を阻害することにより、細胞壁が維持できなくなり、細菌が分裂できなくなったり破裂したりするのです。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Penicillin-binding_proteins
図4で、PBPは細胞壁を構成するペプチドグリカンを架橋することによって細胞壁を伸長させていきますが(1-2)、ペニシリン🟧がPBPをブロックしてしまうため、PBPによる細胞壁の合成ができなくなり、細胞壁の伸長が止まってしまいます。(3-5)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%B3
ペニシリンによって細胞壁合成に必要なPBPが作用できなくなり細胞壁の伸長が停止すると、細菌の分裂によって膨化した細胞質に対して細胞壁が薄く引き伸ばされて、やがて細胞壁が破壊されます。細胞壁が破壊された細菌(spheroplast)は、外液との浸透圧差に耐えられなくなってやがて破裂してしまいます。
これがペニシリンが肺炎球菌などの細菌を死滅させる仕組みです。
PBPの変異
PBPは、PBP1、PBP2など多くの遊離した物質として存在しています。この中でPBPの1種である ” βラクタマーゼ ” は、PBPに作用するペニシリンの構成部分であるβラクタム環を開いて壊す働きをもっています。
このβラクタマーゼは、ペニシリンを壊してしまうため、当然細胞壁合成は阻害されず、細菌は通常通りに分裂増殖します。
ペニシリンの使用頻度が多くなると、このβラクタマーゼを産生する細菌が増加してきました。
また別の機序で、ペニシリンが作用して細胞壁合成阻害を起こすPBPに突然変異が起こり、ペニシリンによる結合が弱いPBPが生成されてきました。(PBP1A, PBP2B, PBP2′)
これらの細菌に対しては、ペニシリンの作用がブロックされて抗菌作用がなくなりました。いわゆる耐性菌の出現です。
これらの肺炎球菌は、ペニシリンに対して耐性を獲得したため、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)と呼ばれました。
ペニシリンに対する感受性が低い肺炎球菌をペニシリン低感受性肺炎球菌(penicillin intermediately resistant Streptococcus pneumoniae PISP)と呼びます。
PRSP
PRSPの血清型は、6、9、14、19、23型が世界的に主流となっています。
PRSPの病原性は肺炎球菌と同じです。
鼻腔や咽頭に定着していても、通常は無症状です。咽頭炎、副鼻腔炎などの炎症が起こった場合は、菌が増殖して感染症状を呈します。
乳幼児の細菌性髄膜炎や小児の中耳炎、肺炎、高齢者の肺炎などの原因菌となります。
ペニシリン耐性を獲得していますので、治療においては、適切な抗菌薬の選択が非常に重要になります。(後述)
急性中耳炎とPRSP
日本耳科学会作成の急性中耳炎診療ガイドライン2018年版の記載では、近年、小児急性中耳炎からの分離菌でPRSPの割合が減少していることが複数の報告から明らかになっています。
しかしながら、同ガイドラインの第5回サーベイランスにおいて年齢別に分離率を調べた報告では、0歳で77.8%、5歳以下で58.5%、6歳以上で37.7%と、低年齢ほどPRSPの分離率が高く、このことが乳幼児中耳炎の難治性要因の1つと思われる、と記載されています。
さらに同ガイドラインでは近年、肺炎球菌の薬剤感受性の変化で、βラクタム系の抗菌薬に対する感受性に大きな変化はないが、クラリスロマイシンやアジスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬に対する感受性が大きく低下していることがわかりました。
多剤耐性肺炎球菌
近年分離されているPRSPの中には、ペニシリン耐性だけでなく、すでにミノサイクリンに高率に耐性を示し、エリスロマイシン、クラリスロマイシンなどのマクロライド薬、ニューキノロン系抗菌薬など、広範囲の抗菌薬に同時に耐性を獲得したいわゆる ” 多剤耐性肺炎球菌 ” の存在が問題化しています。
これら多剤耐性肺炎球菌に対しては、カルバペネムとペニシリンの大量投与療法、カルバペネムとグリコペプタイドの併用投与などが行われます。
この事実に関連して、免疫抑制状態の高齢者などのハイリスク患者に対しては、ニューモバックスなどの肺炎球菌多価ワクチンが認可されています。
肺炎球菌ワクチン
肺炎球菌ワクチンには、2歳以下の小児に接種される結合型ワクチン(PCV) と成人に接種される多糖体ワクチン(PPV) があります。
日本国内では小児に対して、2010年に7価肺炎球菌結合型ワクチンが、2013年からは、13価肺炎球菌結合型ワクチン (PCV13) として販売されています。これによってワクチンによってカバーされる肺炎球菌血清型は7種類から13種類へ増えています。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%82%BA%E7%82%8E%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B5%E7%90%83%E8%8F%8C
小児用の 結合型ワクチンです。
” プレベナー13 ”
生後2ヶ月から6歳未満が対象です。
平均接種回数は4回です。
世界101ヵ国で承認されています。
2013年以降、小児では定期接種になりました。
13価ワクチンであり、肺炎球菌の13種類の血清型に有効性を示します。侵襲性肺炎球菌感染症では予防効果が認められています。
2014年以降、65歳以上の高齢者に対しても適応が拡大されました。
成人用の多糖体ワクチンです。
” ニューモバックス ” 。
23価不活化ワクチン(肺炎球菌莢膜血清型ポリサッカライドを含む肺炎球菌ワクチン)です。接種回数は1回。
80種類を超える肺炎球菌のうち、症例の8割をカバーする23種類の莢膜血清型に対する免疫を獲得できると言われます。ワクチンの効果は接種から5年とされています。
2014年から高齢者へのニューモバックスNP接種は定期接種となり公費補助がなされることになりました。
4回の投与による重症化抑制率は70-90% です。2歳未満に対する投与は行いません。
インフルエンザ菌 Haemophilus Influenzae
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/040600156/?ST=m_news
全世界で約100万人の死者を出した1889〜90年の ” ロシア風邪 ” によるパンデミックで亡くなった患者さん31人の痰を調べて、1892年に著名なドイツ人細菌学者リヒャルト・ファイファーによって単離培養された細菌です。
同年、日本の北里柴三郎も同じようにインフルエンザ菌の発見をしています
「インフルエンザ菌は小さな棒状をしている」。ファイファーはそう記しています。
” インフルエンザ ” の流行を起こすインフルエンザウイルスとは全く関係ありません。しかしこの事実がわかるのはずっと後になってからです。(1933年)
インフルエンザ菌はグラム陰性桿菌です。
ファイファーはその事実を、正確に論文に記載しています。
インフルエンザ菌は、棒状の桿菌ですが、フィラメント状や球菌状の形態をとることもあります。
インフルエンザ菌は8型に分類され、莢膜をもつものは6型あり、血清型により a, b, c, d, e, f と命名されています。
2つの型は莢膜をもちません。莢膜を持たないものは血清型がなく、非莢膜株(NT株)と言われます。
症状
非莢膜株のインフルエンザ菌は、乳幼児の鼻腔、咽頭に常在菌として存在しており、中耳炎、副鼻腔炎、気管支炎、肺炎などの気道感染症を起こしてきます。
莢膜型で病原性の高いものは、血清型 a-f のうち、b型のインフルエンザ菌です。
Haemophilus Influenza type B
略してHib(ヒブ)といいます。
Hibは気道感染は起こさずに直接血液中に侵入して、敗血症、髄膜炎、結膜炎、急性喉頭蓋炎、関節などの重篤な全身の合併症を起こします。
小児の細菌性髄膜炎や敗血症の起炎菌では、同定された細菌の95%がHibであったとの報告があります。
Hibは迅速な診断が要求されるため、尿や髄液などからラテックス凝集法やPCR法で診断を行います。
Hibは、侵襲性インフルエンザ菌感染症(IHD)を起こすため、その侵襲性の大きさから、Hibワクチンが普及しています。
しかし現在では、逆にb型菌以外の無莢膜株(非莢膜株)由来の重症感染症(IHD)が起こるようになってきています。
薬剤耐性インフルエンザ菌
BLNARなど
インフルエンザ菌に対しては、ペニシリン系の抗菌薬(アンピシリン)が使用されます。
しかし抗生物質の投与量や投与頻度の増加によって、1980年以降、インフルエンザ菌に対する耐性菌が報告されてきました。
βラクタマーゼ産生アンピシリン耐性(BLPAR)インフルエンザ菌やβラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性(BLNAR)インフルエンザ菌などです。
耐性菌の分類
耐性菌をβラクタマーゼとアンピシリンに対する感受性で分けると、次のようになります。
( ①は通常の感受性菌です。)
① βラクタマーゼ非産生アンピシリン感受性
β-lactamase non-producing ampicillin
susceptible (BLNAS)
② βラクタマーゼ非産生アンピシリン低感受性
β-lactamase non-producing ampicillin
intermediately (BLNAI)
③ βラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性
β-lactamase non-producing ampicillin
resistant (BLNAR)
④ βラクタマーゼ産生アモキシシリンクラブラン酸耐性
β-lactamase producing amoxicillin
clavulanate resistant (BLPACR)
⑤ βラクタマーゼ産生アンピシリン耐性
β-lactamase producing ampicillin
resistant (BLPAR)
②-⑤の意味は?
本来はインフルエンザ菌にはアンピシリン (ampicillin) が有効です。耐性菌でなければβラクタマーゼも産生しません。
したがって①が自然です。
抗菌薬の普及とともに、βラクタマーゼを産生してアンピシリン耐性を獲得した⑤
βラクタマーゼを産生せずにペニシリン結合タンパク(PBP)が変異して耐性を獲得した③、②
βラクタマーゼを産生して、βラクタマーゼ阻害薬であるクラブラン酸が効かない④
インフルエンザ菌に対する耐性菌は、②-⑤の4つです。もっと簡単に分類すると、
❶ ペニシリン自体を破壊するβラクタマーゼを産生して、耐性をもつものは④、⑤
(アンピシリン、アモキシシリン/クラブラン酸はペニシリン系)
❷ ペニシリンが結合して細胞壁を作らせなくする、PBPが突然変異して、ペニシリンが結合できなくなる②、③
の2種類に分かれます。すなわち、耐性菌の獲得は、ペニシリンを破壊するか、ペニシリンがPBPに結合できなくなるか、どちらかです。
BLNARの分離率は?
急性中耳炎診療ガイドライン2018年版の
第5回サーベイランスでは、BLNAS 34.0%、BLNAI 15.1%、BLNAR 35.8%、BLPAR 10.3%、BLPACR 4.7%、でした。
肺炎球菌と同じく、低年齢ほど耐性インフルエンザ菌の分離率が高く、2歳未満では71.4%を占めていました。
同ガイドラインで、3歳以下の急性中耳炎の中耳貯留液から分離されたインフルエンザ菌を全国から収集して、BLNAS 31.2%、BLNAI 26.8%、BLNAR 33.8%、BLPAR 4.5%、BLPACR 3.8%、と報告されています。(2016)
これは第5回サーベイランスの結果とほぼ同等の耐性菌の分離率を示しており、3歳以下の急性中耳炎では耐性インフルエンザ菌の分離率は、68.9%となっています。
耐性インフルエンザ菌の分離率は、年々増加傾向にあります。
それに伴い、感性インフルエンザ菌の分離率は、69.9% (1998年)から34.0% (2012年)と急激に減少しています。
急性中耳炎患者からのインフルエンザ菌の分離菌を年齢別にみたものでは、0歳 48.3%、1歳 43.8%、であり、低年齢ほど高い検出率を示していました。
薬剤感受性では、肺炎球菌と比較して、インフルエンザ菌においては、大きな変化はみられていません。
耐性菌に対する抗菌薬の選択は?
現在、急性中耳炎診療ガイドライン2018年版に記載されている、小児急性中耳炎に対する
抗菌薬の第一選択は、
① アモキシシリン(amoxicillin, AMPC)
② クラブラン酸/アモキシシリン (Clavulanate/amoxicillin, CVA/AMPC) (1:14)製剤
が重症度に応じて推奨されています。
その他に、
経口抗菌薬として、Cefditren pivoxil (CDTR-PI)、tosufloxacin (TFLX)、tebi penem pivoxil (TBPM)が推奨されています。
注射抗菌薬として、ampicillin (AMPC)、ceftriaxone (CTRX)が推奨されています。
” 肺炎球菌にβ-ラクタマーゼ産生菌はありませんが、インフルエンザ菌にはβ-ラクタマーゼ産生菌が存在しますので、アモキシシリン単剤よりもクラブラン酸との合剤、が推奨されています。 “
商品名で書きます。
アモキシシリン
サワシリンカプセル125-250、
サワシリン錠250、
サワシリン細粒10%、
パセトシンカプセル125-250、
パセトシンカプセル125、
パセトシン細粒10%、
ワイドシリン細粒10%-20%
ジェネリック医薬品
クラブラン酸/アモキシシリン
オーグメンチン配合錠125SS、
オーグメンチン配合錠250RS、
クラバモックス小児用配合ドライシロップ
https://gskpro.com/content/dam/global/hcpportal/ja_JP/products-info/clavamox/clavamox_syr.pdf
ジェネリック医薬品
オーグメンチンはクラブラン酸カリウム(CVA)とアモキシシリン(AMPC)の比率が1:2
クラバモックスはクラブラン酸カリウム(CVA)とアモキシシリン(AMPC)の比率が1:14
CDTR-PI
メイアクト MSR小児用細粒 10%
( Meiji Seika ファルマ株式会社)
https://www.meiji-seika-pharma.co.jp/medical/product_med/item/000171/upload/revision/attach/000171_ATC.pdf
メイアクトMS錠100mg
(Meiji Seika ファルマ)
セフジトレンピボキシル錠100mg SW
「サワイ」
「セフジトレンピボキシル小児用細粒10%『OK』」( Meiji Seika ファルマ株式会社)
セフジトレンピボキシル細粒小児用 10%
「トーワ」
TFLX
オゼックス錠75/オゼックス錠150
オゼックス細粒小児用15%
( 富山化学工業, 大正富山医薬品 )
オゼックス錠小児用60mg (Fujifilm)
オゼックス細粒小児用15% (Fujifilm)
トスフロキサシントシル酸塩錠150mg
トスフロキサシントシル酸塩錠75mg
「サワイ」
トスキサシン錠150mg
トスキサシン錠75mg (アボット ジャパン)
TBPM
オラペネム小児用細粒10%
(Meiji Seika ファルマ)
(太字の抗菌薬は当クリニックで多く処方している薬です。薬のランク付を意味するものではありません。)
* 注射抗菌薬は省略します。
Hib ワクチン
小児急性中耳炎は重篤化することは稀ですが、先に書いた、b型莢膜株インフルエンザ菌が血液中に直接侵入して発症する、敗血症、髄膜炎、結膜炎、急性喉頭蓋炎、関節炎など全身的な重症感染症(Hib感染症)を予防するための対策が講じられています。
b型莢膜多糖体抗原に対する輸送タンパクに結合させたHibワクチンは、Hib感染症の予防に非常に有効です。
世界100ヶ国以上でこのHibワクチンは導入されています。Hibワクチンが導入された国では、Hibによる髄膜炎、喉頭蓋炎がほぼ消失しています。
日本では、2008年からHibワクチンの接種が可能となり、2013年からは定期接種の対象となっていて、小児のHib感染症による髄膜炎は激減しています。
生後2ヶ月以降に接種開始し、4-8週ごとに2回の追加接種を行い、3回接種後から1年後に1回追加接種を行うと計4回の接種でほぼ100%抗体が産生されます。
Hibワクチンは、他のワクチンと同時接種が可能になっています。
写真12
Hib ワクチン
商品名 アクトヒブ(第一三共、サノフィ)
モラクセラ・カタラーリス
Moraxella catarrhalis
小児急性中耳炎の3番目の起炎菌です。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Moraxella_catarrhalis
シュードモナス目(Pseudomonas)に属する代表的な3つの菌が病原性をもちます。
緑膿菌 Pseudomonas aerginosa 、アシネトバクター Acinetobacter baumannii 、モラクセラ・カタラーリス Moraxella catarrhalis の3つです。これらの3つの細菌は、通常はつよい病原性は持たず、むしろ常在菌として存在しますが、免疫低下時にはいわゆる ” 日和見感染症 ” を起こして高い病原性を発揮します。
緑膿菌は、さまざまな条件下で容易に多剤耐性を獲得して、高い病原性を発揮します。
モラクセラ・カタラーリスは、グラム陰性球菌です。好気性菌です。
グラム陰性菌なので、クリスタルバイオレットに染色されず、サフラニンの橙色の色素に染まります。(写真13)
喀痰から分離される70%は線毛をもちます。
好中球に貪食(どんしょく)されやすい性質があります。
ほぼ100%がβラクタマーゼ産生株であるため、抗菌薬の多くは薬剤耐性を示します。
肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)、インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)とともに、肺炎・気管支炎などの呼吸器感染症の起炎菌として代表的な細菌です。
市中肺炎の起炎菌として有名です。
副鼻腔炎、急性中耳炎、化膿性角結膜炎の起炎菌でもあり、抗菌薬に対する耐性菌が多いことより小児急性中耳炎の難治性要因の1つになっています。
症状
小児や高齢者の鼻咽腔に存在します。
気道に定着しやすく、肺炎やCOPDの急性増悪などを起こします。
急性中耳炎、副鼻腔炎を起こしますが、稀に髄膜炎を起こすことがあります。
肺炎球菌やインフルエンザ菌との混合感染も見られます。
急性中耳炎の起炎菌として
小児急性中耳炎診療ガイドライン2018年版の第5回サーベイランスの結果では、2011年1月-2012年6月の全国の急性中耳炎の患者さんから分離された195株の細菌について調査されています。
肺炎球菌29.2%、インフルエンザ菌26.7%、モラクセラ・カタラーリス11.3%、でこの3種類の細菌で70%を占めています。
15歳以下からは154株が分離され、肺炎球菌31.2%、インフルエンザ菌32.5%、モラクセラ・カタラーリス12.3%、でした。
近年は、肺炎球菌の比率がやや減少して、インフルエンザ菌の比率が少し増加傾向しています。モラクセラ・カタラーリス菌は、ほとんど変化なく推移しています。
抗菌薬の選択
βラクタマーゼを産生する細菌のため、多くの抗菌薬が効きません。
βラクタマーゼは、βラクタム環を壊しますから、βラクタム環をもつペニシリン系、セフェム系抗菌薬は効果がありません。
抗菌作用を示すのは、
クラブラン酸カリウム(CVA)とアモキシシリン(AMPC)の合剤が有効です。
オーグメンチン配合錠125SS
オーグメンチン配合錠250RS
クラバモックス小児用配合ドライシロップ
https://gskpro.com/content/dam/global/hcpportal/ja_JP/products-info/clavamox/clavamox_syr.pdf
ニューキノロン系
TFLX
オゼックス錠75/オゼックス錠150
オゼックス細粒小児用15%
( 富山化学工業, 大正富山医薬品 )
トスフロキサシントシル酸塩
TBPM
オラペネム小児用細粒10%
(Meiji Seika ファルマ)
マクロライド系
CAM
クラリス錠250mg (大正)
クラリスロマイシン錠250mg
クラリスロマイシンドライシロップ10%小児用
AZM
ジスロマック錠250mg (ファイザー)
ジスロマック細粒小児用10% (ファイザー)
アジスロマイシン錠250mg「サワイ」
も有効とされています。
抗菌薬治療のまとめ
中耳炎などの局所感染症に対する治療の第1選択はペニシリン系抗菌薬です。
セフェム系も有効ですが、ペニシリンの方が気道への移行が良く、セフェム系は耐性が獲得されやすくなっています。
ペニシリンもセフェム系も同じ “βラクタム環” を基本としますので、ペニシリン耐性は実際はセフェム耐性と同義です。
乳幼児の急性中耳炎に対して、広域のセフェム系抗菌薬の投与が一般的になっていた時代がありました。
しかし近年、耐性菌の増加とともに急性中耳炎が難治性となり、抗菌薬の選択が難しくなっています。
肺炎球菌にペニシリンを効かせたくても、インフルエンザ菌が産生するβラクタマーゼのためにペニシリンの効果がなくなってしまいます。
そのため、βラクタマーゼ阻害剤のクラブラン酸カリウム(CVA)をペニシリンに混ぜて作ったのが、クラブラン酸カリウム(CVA)/アモキシシリン (AMPC)合剤です。
(オーグメンチン、クラバモックス、など)
このCVA/AMPCは、もう一つの起炎菌、モラクセラ・カタラーリスに対しても有効な抗菌作用を持ちますので、最終的に、” 急性中耳炎のすべての細菌に対して抗菌作用がある ” と言えます。
もう1つ注目すべきことは、前回のガイドラインには入っていなかったニューキノロン系抗菌薬(TFLX, TBPM)などが、今回の抗菌薬のガイドラインに記載されたことです。
多剤耐性などを獲得した複雑化した耐性菌に対してとくに、
TBPM(オラペネム小児用細粒10%
(Meiji Seika ファルマ))
は、非常に強力な殺菌作用を示します。
現在、難治性の耳漏に対する、最後の切り札的な抗菌薬になっています。
” この頁は、急性中耳炎の起炎菌を中心に書きましたので直接は触れていませんが、代表的な耐性菌にMRSAがあります。MRSAに対しては、バンコマイシン(VCM)、ST合剤(SMX or SMZ/TMP 5:1)などが有効です。これに関しては、また別の機会に書きたいと思います。”
知っておいてください
急性中耳炎の3つの起炎菌について、多くのことを読んでいただいたと思います。
理解しやすいように、実際に処方されている抗菌薬も書きました。
でも、この文章を読まれた感想は、正直なところ、” だからどうすれば良いの? ” ではないでしょうか?
覚えておかなくてはならないこと、
知っておかなくてはならないこと、
は、いったい何でしょうか?
これは私の私見になりますが、
急性中耳炎は起こります。
なぜなら3歳までに70%のお子さんが中耳炎になるからです。
あなたのお子さんが、運良く残りの30%に入っていれば、何にも心配はいりません。こんなトピックスも読まなくてよいのです。
でも実際は、10人のお子さんのうち7人は一度は急性中耳炎を起こすのです。それが軽症であろうと、重症であろうと。1回だけで終わろうと、何回も繰り返そうと。
いちばん大切なことは、あなたのお子さんがもしも急性中耳炎になったとき、お子さんにとっていちばん良い治療をしてあげること、ではないかと思います。
だから必要なことは、急性中耳炎について、たくさんのことを知っておくこと、ではないでしょうか。
万一、あなたの大切なお子さんが急性中耳炎を起こしたとき、いったいどうすれば良いのか、を。
そのためには、知識が必要です。
急性中耳炎はなぜ起こるのか?
急性中耳炎を起こす細菌は何か?
治療は、どんな治療があるのか?
それはどんな理由に基づくのか?
他の治療法は?
などなど。
あなたが急性中耳炎について、詳しく知っていればいるほど、お子さんの治療選択の幅は広がります。
もう一つ大切なことがあります。
それは、急性中耳炎で終わること、です。
急性中耳炎からごく稀に起こってくる、菌血症や肺炎、敗血症や髄膜炎など、全身的に重篤な合併症があります。
体が元気なお子さんにこんなことが起こらないように、早めに治療を始めなければなりません。
お子さんが、急性中耳炎かも?と思ったら、迷わず、かかりつけの耳鼻咽喉科へ駆け込んでください。そして、主治医の先生に聞かれるとよいと思います。
“いちばんよい治療は、どうしたらよいですか?” と。
ご参考に
” 今回のTopics では、細菌とその治療に焦点を当てて書きました。臨床的な症状やその周囲の話はすこし不足しています。ご興味のある方は、当クリニックの以下のTopics からお読みください。”