難聴 -その2-
今回は、耳鼻咽喉科の耳の疾患でも重要な位置を占める、突発性難聴について書いてみます。
突発性難聴という病名
一昔(20年)前は、突発性難聴などという病名は、患者さんは誰も知らず、外来で突発性難聴の診断がつくと、その治療の重要性と重篤性、予後の悪いことなど、患者さんへの説明に一苦労したものです。
それが今は、芸能人や著名人が、突発性難聴のカミングアウトをしたり、ブログに書いたり、インターネットの記事などで、ほとんどの患者さんに病名の説明はいらなくなりました。しかしまだ、突発性難聴について、一体何が大変なのか、よく知らない人が実はほとんどですので、その点について正確に伝えたいと思います。
突発性難聴とは?
突発性難聴とは、
突然発症する原因不明の感音難聴 の総称です。病態は単一ではないと考えられています。発症はほとんどが1側性で、再発は稀です。日本国内では、突然発症する高度難聴 と定義されますが、欧米では、隣接する3周波数において、30db以上の感音難聴が3日以内に生じたもの と定義されます。
50-60歳代に好発します。性差はありません。わが国では年間約3万5000人が罹患するとされています。難聴の程度はさまざまで、軽度なものから聾まであります。聴力型は、高音障害型が多いですが、水平型や山型、谷型、聾型を示す例もあります。原因として、内耳循環障害、ウィルス感染、外リンパ瘻、自己免疫などの関与が推定されています。ムンプス不顕性感染、内耳出血などの報告が増えていますが、原因がわかれば、突発性難聴とは言わず、突発難聴と診断されます。
症状は?
難聴(100%)と耳鳴(90%)、耳閉塞感(60-70%)、めまい(30-50%)の症状を起こします。
中枢神経症状を伴うことはありません。
難聴の発症は、何時何分と同定できるほど突然のことが多いですが、起床時に気づくことや電話をとったときに気づくこともあります。めまいは、前庭機能障害の合併を意味し、めまいを伴う例では、難聴は高度で聴力予後も悪いことが多いようです。めまい発作は1回のみで繰り返すことはありません。
問診で聞くこと
突発性難聴は、原因が不明なものをいいます。なので、原因が明らかなものは、除外して診断します。以下、
①既往歴(高血圧、免疫疾患)
②服薬歴(アスピリン、ストレプトマイシン、シスプラチン、抗凝固薬)
③手術歴(耳の手術、とくにアブミ骨手術)
④職業(重量物運搬、肉体労働、潜水、気圧の変化)
⑤発症直前に、鼻をつよくかんだか、重量物を持ち上げるなどの動作、怒責、咳、嘔吐
⑥頭部外傷や打撲、強大音響暴露
⑦脳神経症状の有無
⑧ムンプス、麻疹患者との接触の有無
などが重要です。
突発性難聴の治療には、原則としてステロイド薬を使用するので、糖尿病、高血圧、胃潰瘍などの疾患がないかどうかを確認します。
検査は?
基本的に、診断は難しくありません。
突然の発症、高度難聴、聴力検査などから、診断できます。
①純音聴力検査
②外耳、鼓膜の視診
③顔面神経麻痺、舌咽神経麻痺、他に中枢神経症状がないか
④CT、MRIの画像検査による聴神経腫瘍の除外診断
⑤ムンプス、単純ヘルペス、帯状疱疹の抗体価
これらから、取捨選択して実施します。
重症度は? 予後は?
突発性難聴の診断で最も重要な点は、初診時の感音難聴の重症度です。
1998年の厚生省(現厚生労働省)の急性高度難聴調査研究班により作成された、突発性難聴の重症度分類は、感音難聴の閾値により、突発性難聴をグレード1-4まで分類し(グレード4が最重症)、めまいの有無(aまたはb)と初診時聴力が2週間以内か以降か(‘ )によってさらに細かく分類しています。
突発性難聴重症度基準(1998年 厚生省)
Grade 1 初診時純音聴力40db未満
Grade 2 初診時純音聴力40db以上60db未満
Grade 3 初診時純音聴力60db以上90db未満
Grade 4 初診時純音聴力90db以上
注1 聴力は0.25,0.5,1,2,4 KHz の5周波数の閾値の平均とする
注2 この分類は発症後2週間までの症例に適応する
注3 初診時めまいのあるものではaを、ないものではbを、2週間を過ぎたものでは’をつけて区分する (例 Grade3a, Grade4b’ )
この分類は、耳鼻咽喉科の一般外来で診療に多用されているというわけではなく、あくまで主として厚労省の統計処理を目的としたものではないかと思います。
突発性難聴は、
①初診時聴力が高度であるほど、
②発症から治療開始日までが長いほど、
予後が悪いとされています。さらに、
③めまいを伴う例は予後不良が多い傾向
があります。
逆に、初診時聴力が良く、めまいがなく、発症から受診までが短ければ、改善率が高くなる傾向があります。ただし、聴力の回復は個人差が大きく、一概には予想できません。
治療は?
一般に突発性難聴は、標準的な治療を行っても、
①完全治癒が1/3,
②回復するが元の聴力には戻らないものが1/3, ③全く回復しないものが1/3
であると言われています。不幸にも突発性難聴になってしまったら、他の原因が明確な疾患が除外されれば、ほぼこの確率に沿って治癒と回復、不変が決定されてしまうと考えなければなりません。もちろん、個人差は大きく、一概には結果の予想はできません。
予後の項で述べた通り、突発性難聴の治療予後は、①初診時聴力、②めまいの有無、③発症から治療開始までの日数が、大きく影響することは事実です。
それでも、できるだけの治療はやっておくべきです。仕事が忙しいから通院できないとか、出張が入っていて外せないとか、いろいろな制限を話される人がいます。そんな時私は、必ず、その仕事はあなたの一生の聴力と引き換えにできますか? と、聞くことにしています。あなたが片方の聴力を生涯失っても構わないならそうしてください。でも、生涯続く自分の難聴と引き換えにしなければならない仕事など、世の中にはそれほど多くはありません。いいえ、まずないはずです。
まずは、初診時聴力によって、重症度を判定します。先の分類ではGrade4は明らかに回復が非常に悪いことが報告されています。次に悪いのがGrade3です。めまいを伴う例は、同じGradeでもさらに悪くなります。
突発性難聴の治療は、ステロイド剤の投与に尽きます。治療方法は、重症度によってオーダーメイドです。具体的な投与方法は多岐にわたり、別頁に譲ります。ステロイドは全身的な副作用が大きい薬剤ですので、合併症に細心の注意を払って投与します。糖尿病でステロイドが使用できない場合は、替わりにプロスタグランジンの投与を行います。循環改善剤、ビタミン剤、内耳賦活剤などの内服薬を同時に使用し、場合によっては、ある種の血栓溶解剤やウログラフィンというヨード系造影剤が非常に効果があります。これらをうまく組み合わせて投与します。薬物治療の効果が乏しい症例には、高圧酸素療法、ステロイド鼓室内投与治療などを実施します。ペインクリニックで行われる、星状神経節ブロックは、繰り返すことで効果があります。
突発性難聴の治療の難しさは、その症例に、いったい何の薬がいちばん効くのかという、根本的なことがわかっていないことです。ある症例に非常に効果があった薬が、別の症例には、全く効かなかったということが、普通に起こります。ですから、標準的な治療から少しずつ幅を拡げて試していくような治療方法になります。全国どこの医療機関でも治療方法はほとんど同じです。突発性難聴とは、原因不明の難聴です。いわば原因が全くわからずに治療を開始するのです。
さらに、発症から4週間以上経過していると、聴力はすでに固定してしまって、治療を行っても聴力はほとんど回復しません。
どうすれば良いの?
嫌なことばかり書いてきましたが、突発性難聴の事実です。実際に治療しても回復しなかった方は、全国にはたくさんおられるはずです。1/3は回復しないのですから。
では、いったいどうすれば良いのでしょうか。答えは1つだけ。耳が聞こえなくなったら、今すぐに近くの耳鼻咽喉科に駆け込むこと。たとえそれが耳垢だと笑われても構いません。あなたの片耳と引き換えにして良いものは何もないと思います。
突発性難聴の発症に悩む、働き盛りの男性 (イメージ)