急性副鼻腔炎は、知っていますね。
一般によく知られた耳鼻科の病名です。
急性副鼻腔炎については、たくさんの情報が溢れています。当院のホームページにも記載がありますし、以前のTopics でも書きました。
副鼻腔という、顔面の骨の空洞部分に炎症が起きて、膿(うみ)が、溜まってしまう病気です。一般に風邪とともに、また風邪に引き続いて起こることが多く、鼻づまり、黄色い粘稠(ねんちょう)な鼻水、頭痛、後鼻漏、嗅覚や味覚が鈍くなる、などの辛い症状に悩まされます。
昔から、” ちくのう症 ” とも言われてきました。ちくのうは ” 蓄膿症 ” と書かれ、いわゆる膿がたまる病気、という意味です。
もっとも、 ” ちくのう ” は、慢性の副鼻腔炎に対して使われることが多い印象がありますが。
今回は再度、副鼻腔炎、中でも急性副鼻腔炎について書きたいと思います。
副鼻腔とは?
前回も書きました。
顔面の前方部分1/3-1/2に位置します。左右4つずつ計8個の骨の空洞です。
顔面骨の中に空洞が存在して、骨の空洞の内側には ” 副鼻腔粘膜 ” がカーペット状に敷きつめられています。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E9%A1%8E%E9%AA%A8
画像データが大量のため、申し訳ありませんが1つ1つ見に行ってください。
解剖学的に複雑な位置関係が、すこしわかりやすくなると思います。
副鼻腔粘膜とは?
副鼻腔内は、どうなっているのでしょうか。
副鼻腔内には、薄い副鼻腔粘膜がカーペット状に敷き詰められています。そして、それ以外の空間は、空気で満たされています。
副鼻腔粘膜は、呼吸上皮 respiratory epithelium と呼ばれる粘膜です。
呼吸上皮は組織学的には、多列線毛上皮です。
別名、偽重層上皮 pseudostratified epithelium とも呼ばれています。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Pseudostratified_columnar_epithelium
多列線毛上皮は、基底細胞(Basal cell)、杯細胞(Goblet cell)、線毛細胞(Ciliated cell)の3つの細胞からなりますが、これらの細胞はすべて基底膜に接しているため、単層構造です。
しかしこれらの細胞は、高さもサイズも違うため、核の位置が一列に並んでおらずバラバラで、一見、多層構造(重層)のように見えます。そのため、” 偽 ” 重層上皮と呼ばれています。
副鼻腔粘膜の多列線毛上皮(図4上イラスト)には、線毛細胞の頂部に1細胞につき200本の線毛 cilia が存在して、1秒間に10-20回の波打つような線毛運動(ビート)を行っています。(図5)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Cilium
気管の呼吸上皮 respiratory epithelium は、副鼻腔粘膜上皮と組織学的に同一ですので、副鼻腔の多列線毛上皮も、気管と同じ線毛運動を行っています。
これら1本1本の線毛が1秒間に10-20回のビートを打つのです。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Respiratory_epithelium
図5イラストは気管支粘膜を示していますが、副鼻腔粘膜も鼻腔粘膜も全く同じ多列線毛上皮です。全く同じ線毛運動を行っています。
このため近年では、鼻副鼻腔と咽頭、喉頭、気管支、肺までを一つの呼吸器官として、” One Way ” (1本の道)と呼ばれています。
鼻腔粘膜では、上咽頭方向への線毛運動が行われますが、副鼻腔粘膜では、副鼻腔の洞内から鼻腔との交通路である ” 自然口 ” と呼ばれる狭い開口部へ向けて線毛運動が行われています。
副鼻腔粘膜の杯細胞(Goblet cell)からは粘液(ムチン)が分泌されて、線毛上皮細胞の上にベルトコンベアのような粘液層 (mucous layer) を形成します。この粘液層が線毛上皮細胞の線毛運動によって、鼻腔との交通部である自然口へと送られ、自然口を通って鼻腔へ運ばれていくのです。
副鼻腔粘膜の線毛上皮細胞による、この粘液の運搬は、24時間365日、休まずに続いています。
これを、 ” 線毛運動機能 ” と言います。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Ciliumだ
これが、呼吸上皮の頂面に存在する1本の線毛の構造です。ダイニンと呼ばれるタンパク質が線毛細胞の中を忙しく走り回って線毛が波打つような運動を可能にしています。
(この線毛1本1本の運動については、以前に詳しく書きましたので、ここでは省略します。)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Respiratory_epithelium
図6で緑色🟩で示しているのが、ムチンを産生する杯細胞(Goblet cell)です。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Goblet_cell
杯細胞は、その形が杯(Goblet)に似ているので、そう呼ばれています。
” 副鼻腔内の粘膜は、杯細胞からムチンが産生され、それが粘液層(mucous layer)を形成して、それを線毛運動で動かしている ”
これが正常な副鼻腔粘膜の生理機能です。
副鼻腔内の空気は?
副鼻腔の生理機能にはもう一つ重要なものがあります。それは副鼻腔洞内の空気の組成です。
私たちが呼吸している通常の空気の組成は、窒素78%、酸素21%であり、99%はこの2つの成分で占められます。さらにアルゴン Ar が0.93%、二酸化炭素 CO2 0.04%、と続きます。残りの0.003%は多くの非常に微量な成分で構成されています。(図6)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E6%B0%97
どうして空気の成分の話になるのでしょう?
それは、副鼻腔洞内の空気の組成は、じつは大気の成分と同じではないからです。
副鼻腔の洞内では、一酸化窒素(Nitric Oxide , NO)が多量に産生されていることがわかっています。
一酸化窒素(NO)とは?
副鼻腔では、恒常的に高濃度の一酸化窒素(NO)が産生されていて、それが副鼻腔だけでなく、肺や全身にも大きな影響を与えているのです。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E9%85%B8%E5%8C%96%E7%AA%92%E7%B4%A0
一酸化窒素は、窒素分子と酸素分子が結合した、常温で無色無臭の気体であり、水に溶けにくく空気よりすこし重い性質をもちます。
NOは、生体膜を自由に通過して、細胞のアポトーシス apoptosis (プログラムされた細胞死)や、血管拡張に関与しています。また、神経伝達物質としても作用します。
NOは、一酸化窒素合成酵素(Nitric Oxide Synthase, NOS)によって、生体内でアミノ酸の1種であるアルギニン(L-Arginine)から生成されます。
一酸化窒素合成酵素(NOS)は、神経型 nNOS (neuronal NOS) 、誘導型 iNOS (inducible NOS) 、血管内皮型eNOS (endothelial NOS) の3種類があり、神経型nNOSと血管内皮型eNOSは常時、細胞内に存在しています。これに対して誘導型iNOSは、炎症やストレスによって誘導されます。
血管内皮細胞は、血管内の壁に並んだ細胞で、全身の血管の内腔にあります。連続型、有窓型、洞様型などのタイプがあります。(図8)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Endothelium
この血管内皮細胞にeNOSが存在してNOの産生を行い、NOは主として血管のトーヌス(緊張)を緩める、すなわち血管を拡張させる働きを有しています。NOの半減期は3-6秒のため、作用時間は短いですが作用は強力です。
血管内皮細胞はNO以外にも、プロスタサイクリン(PGI2)、内皮由来過分極因子(endothelium-derived hyperpolarizing factor, EDHF)、血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor, VEGF)など様々な生理活性物質を産生しています。
その中でとくにNOは、血管の拡張だけでなく、血小板凝集抑制による動脈硬化予防、血管平滑筋細胞の増殖抑制など、末梢の細い血管にとって、正常な血流の維持に非常に重要な働きをしています。
この全身の循環系に影響が大きいNOが、何故か、副鼻腔の骨の空間内で多く産生されているのです。
NOは生体内で、NOS(一酸化窒素合成酵素)から産生されます。
NOSは3種類あることは、先に書きました。
副鼻腔での NO産生は、主としてeNOSとi NOSの2つによると言われています。
eNOSは、副鼻腔粘膜の血管内皮細胞だけでなく、副鼻腔粘膜の呼吸上皮細胞にも多く発現しています。
iNOSは、炎症やストレスによって誘導されるNOでしたね。
副鼻腔炎に関しては、血管内皮型のeNOSと炎症誘導型のiNOSが、非常に重要になります。
NOの働き
正常副鼻腔と副鼻腔炎の違いは、いったい何でしょう。
もちろん、副鼻腔炎では、正常な副鼻腔の空間に炎症が起こって粘膜が腫れ、膿(うみ)が溜まっている状態がいちばんの違いです。
ここで、先に書いた一酸化窒素( NO)に注目して見てみましょう。
さて、NOはいったいどういう働きを持っていたでしょうか。
副鼻腔で産生されるNO(一酸化窒素)には現在、以下の作用があることが報告されています。
① NO による殺菌作用、抗ウイルス作用
② NOは線毛運動機能を活発にする
③ NOは吸気によって肺に到達し、肺胞循環を調節する
副鼻腔の空間内での高濃度のNOは、黄色ブドウ球菌(Staphilococcus aureus)のバイオフィルム形成を抑制することが報告されています。この事実は、上記① NOによる殺菌作用、すなわち、NOが副鼻腔の感染防止に働くことを裏づけています。
副鼻腔でのNO(一酸化窒素)産生は、生体内で産生されるNOの生理学的な貯蔵庫の役目を持っています。
生体内のあらゆる臓器でNOは産生されていますが、とくに副鼻腔の空間はNO産生が多いのです。
さらに、このNO濃度の変化は、副鼻腔炎の病態と密接に関係していることが証明されています。
NO 濃度
一般に副鼻腔炎では、副鼻腔洞内に存在している ” 空気中のNO濃度 ” が低下することが報告されています。
このことを利用して、副鼻腔炎の患者さんの呼気中のNO濃度を測定することが、慢性副鼻腔炎の病態を評価する1つの方法になってきています。
呼気中のNO濃度 (Fractional concentrations of exhaled NO: FeNO)は、現在、携帯型測定装置が開発されて、保険適応になっています。
慢性副鼻腔炎は、現在、好酸球性副鼻腔炎(eosinophilic chronic rhinosinusitis ECRS)と非好酸球性副鼻腔炎(non ECRS)の2種類に分類されます。
非好酸球性副鼻腔炎(non ECRS)は、鼻呼気中のFeNOが有意に低値を示します。
non ECRSでは、副鼻腔炎の重症度が高くなるほど、鼻腔のNO濃度は低くなります。
また、この鼻腔NO濃度は、治療によって上昇します。
副鼻腔炎の中でも難治性と診断される、好酸球性副鼻腔炎(ECRS)は、喘息を合併することが多く、下気道の好酸球性炎症を反映するため、口呼気中のFeNOが高値を示します。
ECRS (好酸球性副鼻腔炎)の症例では、治療によって、治療前とは全く逆に、口呼気中のFeNOは低下して、鼻呼気中のFeNOは上昇することが報告されています。
このNO濃度の変化は、とくに副鼻腔炎の手術治療(ESS)によって顕著です。
また、重症のアレルギー性鼻炎でも、喘息と同じく、呼気中のNO濃度が高くなることが知られています。
副鼻腔炎とNOに関連したデータは、国内では、広島大学の平川勝洋先生、竹野幸夫先生などのグループから近年、貴重なデータが多く報告されています。
論文中から引用しています。
(参考文献1 、参考文献2)
悪いNO
副鼻腔炎とNOの関係はすこし複雑です。
NOは神経伝達物質や血管拡張作用といった、生体にプラスの働きをするだけではありません。
好酸球性副鼻腔炎では、副鼻腔に炎症が起きると、組織に ” 炎症性サイトカイン ” が誘導されてきます。
この炎症性サイトカインは、(誘導型の) iNOSを誘導して、iNOSからNOが産生されます。
このとき産生されるNOとNO関連代謝産物は、組織障害性を有していて、好酸球性副鼻腔炎では、好酸球が産生する細胞障害物質とともに、副鼻腔粘膜の上皮が障害されることが知られています。
一酸化窒素(NO)と副鼻腔炎の関係は、まだ完全には解明されていませんが、慢性副鼻腔炎(好酸球性副鼻腔炎、非好酸球性副鼻腔炎)の患者さんの呼気中のNO濃度(FeNO)を測定することで、副鼻腔炎の病態がかなり正確に評価できるようになったことは事実です。
NOはどこに?
副鼻腔洞内の NOは、どこで発生しているのでしょうか。
NOは、体内の一酸化窒素合成酵素(NOS)によって産生されます。(nNOS, eNOS, iNOS)
副鼻腔内の空間は、骨の空洞を薄い副鼻腔粘膜が覆っている単純な構造をしていますので、 NOは主として、副鼻腔粘膜下を走行している細い血管の血管内皮細胞に存在するeNOSによって合成されます。そして、 NOの血管拡張作用によって副鼻腔粘膜下の血管が拡張され、血流が増加します。血流の増加は、副鼻腔粘膜の機能をさらに高めることが容易に予想されます。(①、②)
副鼻腔炎では、NO濃度が低下しますから、副鼻腔粘膜の血流も減少して、機能低下に陥ることが考えられます。(①*, ②*)
副鼻腔炎はなぜ起こる?
正常副鼻腔の生理機能について、いろいろなことを理解しました。
それでは何故、副鼻腔炎は起こるのでしょうか?
副鼻腔炎について書かれた一般向けの情報は多くあります。
それらの多くの情報には、” 風邪などのウイルスや細菌が副鼻腔に入って起こる ” 、” 急性鼻炎から炎症が波及して起こる ” 、” 副鼻腔の空間に感染が起こって膿(うみ)が貯まる、などの記載がみられます。
もちろん、これら1つ1つの説明は間違いではありません。患者さん向けにわかりやすく、理解しやすいように、言葉を選んで上手に表現されている、それぞれの先生方の苦労が目に浮かびます。
しかし、ひとつだけ知っておいていただきたいのは、” 副鼻腔炎は、自然口が閉塞して起こる ” ということです。
自然口とは、鼻腔と副鼻腔を交通する、狭い骨と粘膜のトンネルです。
部屋の換気口と考えてください。
部屋が副鼻腔、換気口が自然口です。
” 副鼻腔と鼻腔を交通する空気の換気口が、閉塞すること “ これが、副鼻腔炎が起こる最大の原因になるのです。
それでは何故、副鼻腔の自然口が閉塞すると副鼻腔炎になるのでしょう?
空気が入らないから当たり前じゃないか! と言われそうです。
でもどうして空気が入らないと副鼻腔炎を起こすのでしょう?
そもそも副鼻腔炎とは、一体どんな病態なのでしょう?
これから、そのことについて書いていきます。その前にもう一つだけ、重要な解剖 amatomy の理解が必要です。
鼻腔 vs. 副鼻腔
鼻腔、副鼻腔という言葉がよくでてきます。
正確に理解されていますか?
じつは意外に曖昧なまま、文章を読まれているかもしれません。
鼻腔
鼻腔とは、外鼻孔(鼻の穴の入口)から空気が入って咽頭へ抜けていくほぼ真っ直ぐな空間です。
左右の鼻腔は、鼻中隔と呼ばれる軟骨と骨でできた仕切り板で分けられており、交通していません。
鼻腔の側壁(側面の壁の部分)には、左右とも、下鼻甲介、中鼻甲介、上鼻甲介の3段の粘膜の襞(ひだ)があり、鼻中隔へ向かって突出しています。
さらに、鼻腔の上方は、頭蓋底の骨面で脳と境界され、下方は、口蓋骨(上あごの骨)で口腔と境界されます。
わかりやすいイラスト画像を示します。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Nasal_concha
CT画像を示します。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Nasal_concha
上の2つを見比べてください。
CT画像では、上鼻甲介は写っていません。後方に存在して最も小さいからです。
最も大きな粘膜は下鼻甲介、次が中鼻甲介です。
簡単に、鼻中隔と下鼻甲介、中鼻甲介、上鼻甲介に挟まれた真っ直ぐの狭い空間を、” 鼻腔 ” と理解してください。
副鼻腔
副鼻腔は、鼻腔の横、中、上、奥にあります。
鼻腔の横にあるのが、上顎洞。
鼻腔に接しているのが、篩骨洞。
鼻腔の上方にあるのが、前頭洞。
鼻腔の後方にあるのが、蝶形骨洞です。
この頁の最初に、副鼻腔の解剖を3D画像で示していますが、全体の位置関係はどうしても理解しにくいと思います。
YouTube にわかりやすい説明動画を見つけました。私の説明よりわかりやすいと思います。ご覧ください。
https://m.youtube.com/watch?v=VTNPOPyeY-4
鼻腔と副鼻腔の位置関係が、理解できたでしょうか。
さらに詳しく細部の解剖を理解する必要はありません。
この鼻腔とそれぞれの副鼻腔を交通させている、狭い骨と粘膜のトンネルを、自然口 ostia といいます。
上顎洞、蝶形骨洞の自然口は、鼻腔に直接、開口していますが、前頭洞の自然口だけは、篩骨洞と繋がっているため、直接鼻腔には交通がありません。
篩骨洞の自然口は、前方と後方に分かれ、前篩骨洞は篩骨洞の最前部に篩骨漏斗(ろうと)という形態で、後篩骨洞は上鼻甲介の内側に排泄ルートを作り、それぞれ鼻腔と交通しています。
だんだん、理解が深まってきたと思います。
次はようやく、急性副鼻腔炎の病態に踏み込んで説明します。
急性副鼻腔炎とは?
副鼻腔の空洞に炎症が起きることを言います。
定義
急性副鼻腔炎 acute sinusitis の定義は、欧米でも日本でもほとんど同じで、「副鼻腔の粘膜の炎症で、4週間を超えないもの」となっています。
日本鼻科学会では、急性鼻副鼻腔炎として定義されています。以下、
” 急性鼻副鼻腔炎とは,「急性に発症し,発症から4週間以内の鼻副鼻腔の感染症で,鼻閉,鼻漏,後鼻漏,咳嗽とい った呼吸器症状を呈し,頭痛,頬部痛,顔面圧迫感などを伴う疾患」と定義した。
副鼻腔における急性炎症の多くは急性鼻炎に引き続き生じ,そのほとんどが急性鼻炎を伴っているので,急性副鼻腔炎 acute sinusitis よりも急性鼻副鼻腔炎 acute rhinosinusitis の用語が適切であるとの考えが世界的に主流となってい る。本委員会でも急性鼻副鼻腔炎を採用した。
(急性鼻副鼻腔炎診療ガイドライン2010年版、日本鼻科学会編) ”
https://minds.jcqhc.or.jp/docs/minds/ar/20130516_Guideline.pdf
左右の上顎洞、篩骨洞、蝶形骨洞、前頭洞の合計8つの空間のうち、単洞(1つの空間)あるいは、複数の洞(2つ以上の空間)に急性炎症が起こります。
片方4つの空間にすべて副鼻腔炎が起こった状態は、全副鼻腔炎または汎(はん)副鼻腔炎と言い、重症の副鼻腔炎です。
原因
主な原因は1つ。
副鼻腔の換気口である自然口 ostia が粘膜の腫れで塞がってしまうことです。(①)
それと同時に、副鼻腔粘膜の線毛運動の機能不全が起こります。(②)
副鼻腔の粘液の粘稠度が高い場合も ostia の閉塞を起こしやすいとされています。(③)
では、自然口の閉塞の原因は何でしょうか。
なぜ、自然口が塞がる?
急性上気道炎(風邪)によるウイルス感染と、
アレルギー性鼻炎が2大原因です。
副鼻腔自然口が閉塞する原因はその他に、
全身疾患によるもの
嚢胞性線維症
原発性線毛運動不全症
免疫不全症
喫煙
局所的な原因によるもの
顔面の外傷
水泳やダイビング
航空機による高所飛行
薬物性の鼻炎
ICUでの経鼻挿管
機械的な原因によるもの
先天性後鼻孔閉鎖症
鼻中隔湾曲症
鼻茸(ポリープ)
大きな篩骨胞(Ethmoid bulla) *
鼻腔内異物(小児などの)
* 副鼻腔の蜂巣(セル)の一部
自然口が塞がると? 何が起こる?
自然口は、副鼻腔と鼻腔の空間を交通している、空気の通る狭い穴です。
この自然口が塞がってしまうと、副鼻腔の空間は閉鎖空間となり、空気が入らなくなります。(空気が出なくなります。)
このとき、副鼻腔の空間(=洞)には、次のような病態が起こります。
① 洞内の気圧が一過性に上昇する。
② 洞内の空気中の酸素が粘膜組織に吸収される
→ 洞内の気圧は陰圧になる。
③ 洞内が陰圧になった状態で(②)、匂いを嗅ぐ(鼻をクンクンする)瞬間や、鼻をかむ瞬間に、鼻腔や鼻咽腔(びいんくう)に存在していたウイルスや細菌が、副鼻腔内に侵入する。
副鼻腔の自然口が閉塞して、洞内が陰圧になり、ウイルスや細菌が侵入することはわかりました。
では、副鼻腔にウイルスや細菌が侵入したあと、一体何が起こるのでしょう?
線毛運動不全が起こる
気道の呼吸上皮にウイルス感染が起こると、次のことが起こります。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Cilium
初めの方で見ていただいた、写真1です。
最後は、線毛運動が重要になります。
ウイルス感染が起こると、呼吸上皮の線毛細胞(cilliated epithelium)が、パッチ状に進行性に消失します。
このため、十分な線毛運動ができなくなり、線毛上皮細胞の上にある、粘液層(mucous layer)に変化が起こります。
図13で、呼吸上皮では、線毛細胞(cilliated cell)の上に、1層のうすい粘液層( mucous layer=mucous lining) があり、線毛運動によってベルトコンベアのように移動しています。
この線毛運動不全は、タバコを吸う人(喫煙者)でさらにひどくなることが報告されています。
粘液層が停滞すれば、副鼻腔洞内から自然口を通って、鼻腔へ排泄されていた副鼻腔粘液が停滞してしまいます。
さらに、自然口は閉塞してしまっていますので、副鼻腔洞内では、粘液層の液体は貯留する一方になってしまいます。
こうして、副鼻腔内に粘液の貯留が起こるのです。
細菌感染が起こる
副鼻腔洞内に貯留した粘液には、細菌が多く含まれています。
急性副鼻腔炎を起こす起炎菌は、代表的に、
1 肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)
41%
2 インフルエンザ菌(Hemophilus Influenzae)
35%
3 嫌気性菌 (Anaerobes) 7%
4 肺炎球菌以外の連鎖球菌 7%
Streptococcus pyogenes
Streptococcus agalactiae など
5 モラクセラ・カタラーリス
(Moraxella catarrhalis ) 4%
6 黄色ブドウ球菌(Staphilococcus aureus)
3%
などがあります。(米国のデータ)
日本国内では、すこし数値が違い、
1 インフルエンザ菌(Hemophilus Influenzae)
20%
2 肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)
18%
3 モラクセラ・カタラーリス
(Moraxella catarrhalis ) 14%
4 嫌気性菌 (Anaerobes) 14%
5 黄色ブドウ球菌(Staphilococcus aureus)
9%
6 A群溶血連鎖球菌
(Streptococcus pyogenes) 1.5%
7 その他 22%
となっています。(日本のデータ、2020年)*
* (第6回耳鼻咽喉科領域感染症臨床分離菌全国サーベイランス結果報告)
国内と海外で、細菌性急性副鼻腔炎の起炎菌の順位が違うことは、興味深いことです。
急性副鼻腔炎は多いのか?
急性上気道炎、いわゆる風邪(かぜ)をひく回数は、小児で1年に5-7回、成人で2-3回とされています。
急性上気道炎は、ウイルス性です。
では、このうちどのくらいの頻度で、急性副鼻腔炎を起こすのでしょうか。
一般に、小児で6-13%、成人では0.2-2.5%となっています。
この数値は、あくまで、 ” 細菌性 ” 副鼻腔炎 (Bacterial Acute Sinusitis) の頻度です。
かなり低い確率ですね。
細菌感染の進行
肺炎球菌(41%)などの細菌が副鼻腔洞内に入ると、閉鎖空間で、貯留した粘液に細菌感染を起こします。
細菌感染によって、呼吸上皮の組織障害が起こると、炎症性サイトカインの遊走や放出、いわゆる免疫応答が起こります。
(免疫応答についての説明は、長くなりますので概略だけ簡単に説明します。)
細菌感染によって組織障害が起こると、マクロファージや白血球の1つの好中球が血管内から副鼻腔粘膜へ遊走してきて、細菌の貪食を行います。細菌を貪食したマクロファージや好中球がやがて死滅すると、白色の膿(うみ)となって、副鼻腔洞内に溜まります。
これが ” 蓄膿症 ” の膿です。
ウイルス性上気道炎とは?
ここで、一般的な風邪(Comon cold)について、考えてみましょう。
風邪は、急性ウイルス性上気道炎であり、上気道にウイルス感染が起こった状態です。
ウイルス感染が起こると、上気道炎の一部として急性鼻炎が起こります。急性鼻炎の症状として、まず、透明の水様性の鼻汁が出ます。しだいに鼻汁は粘稠度を増し、そのうち黄色や緑色の濃い鼻汁へと変化していきます。
これは、透明な鼻汁に好中球が集まるためで、ウイルス性急性鼻炎であっても、鼻汁は濃くなり、色がつくのです。
この間、発熱があります。子供はよく高い熱をだします。大人では、感染の程度によって身体がだるく微熱のこともあります。
このようなウイルス感染は、通常、5-10日間続きます。
したがって、10日間はウイルス感染がまだ終わっていないため、10日以内の副鼻腔症状は、ほとんどウイルス性のものです。
10日間?
風邪をひいてから10日間過ぎても、まだ、鼻汁が止まらないとき、副鼻腔炎を起こしています。
また、微熱や口臭、頭痛がひどい、目の周囲が痛い、目の周りが腫れぼったいなどの症状があるときも、副鼻腔炎です。
副鼻腔炎を起こすと、鼻の症状は、どんどん悪化します。鼻づまりはひどくなり、鼻水は濃い黄色や緑の色がついたまま、よくなりません。
風邪が治っても、微熱がぶり返したり、日中も咳が出て止まらなくなります。
これが、 ” 細菌性の ” 副鼻腔炎の症状です。
治療は?
耳鼻咽喉科で治療が必要な副鼻腔炎は、じつは、風邪のときの鼻づまりや鼻水ではありません。
これらのほとんどは、ウイルス性の鼻炎であって、風邪によるウイルス感染が治ると、自然によくなっていきます。
耳鼻咽喉科でお薬を飲まなければならないのは、細菌性の副鼻腔炎です。
副鼻腔炎の洞内に、肺炎球菌、インフルエンザ菌などの細菌感染が起こっている状態ですので、基本的には、抗菌薬(抗生物質)を内服します。
抗菌薬治療では、副鼻腔炎を起こしている細菌と、それに効果のある抗菌薬が、ぴったり合ったとき、副鼻腔炎はスムーズに治っていきます。
しかし、副鼻腔炎を起こしている細菌が抗菌薬でコントロールできない時や、副鼻腔炎が重症化して眼や脳の合併症を起こしかけているときなどは、治療が困難になることがあります。
ただ、ほとんどの場合は、抗菌薬が効いて、多くの副鼻腔炎は順調に治癒へ向かっていきます。
(急性副鼻腔炎の症状や治療方法については、臨床的に重要であり、たくさんのことを書きたいのですが、今回は急性副鼻腔炎の病態にフォーカスしていますので、治療については、また次回に譲りたいと思います。)
急性副鼻腔炎の本態は?
急性副鼻腔炎の起こりかたを、1ステップずつ、説明してきました。
結局、急性副鼻腔炎の病態は何でしょうか。
急性副鼻腔炎の90%は、上気道ウイルス感染から起こります。
私なりの解釈では、
” 急性上気道炎やアレルギー性鼻炎などの原因によって(1)、副鼻腔と鼻腔を交通する自然口が閉塞して洞内が陰圧になり(2)、ウイルス感染によって副鼻腔粘膜の線毛運動不全が起こって、粘液層の鼻腔への排泄ができなくなり(3)、洞内に粘液が貯留して(4)、強い鼻かみなどで洞内に細菌が侵入して細菌感染が起こり(5)、感染の進行とともに膿が貯留するようになった(6)状態。”
と理解しています。
結構、複雑ですね。
副鼻腔炎のNOは?
急性副鼻腔炎の起こる原因は理解できました。
先に一酸化窒素(NO)について議論しました。
急性副鼻腔炎の起こった副鼻腔の洞内は、NOについては、一体どうなっているのでしょうか?
正常の副鼻腔の洞内では、一酸化窒素(NO)濃度が高く、副鼻腔炎の洞内ではNO濃度が低下していることを書きました。
ここで、NOの働きを思い出してみましょう。
NOには3つの働きがありました。
① NO による殺菌作用、抗ウイルス作用
② NOは線毛運動機能を活発にする
③ NOは吸気によって肺に到達し、肺胞循環を調節する
このうち、①と②に注目しましょう。
正常副鼻腔では、NO濃度が高いことがわかりました。したがって、
正常副鼻腔では、副鼻腔洞内での細菌やウイルスの増殖が抑えられています。(①) さらに、
活発な線毛運動によって、副鼻腔粘膜上の粘液層をどんどん副鼻腔空間から鼻腔内へ押し出しています。(自浄作用) (②)
この粘膜の活発な線毛運動(②)は、閉鎖空間に近い副鼻腔にたとえ鼻腔から細菌が侵入しても、または吸気中のウイルスが侵入しても、線毛運動によって多くが副鼻腔外に排泄されてしまい、結果的に副鼻腔炎を起こしにくいことにつながっています。
これらの NOの働きは、まさに ” 副鼻腔炎が起こりにくいように ” 機能していることにお気づきでしょうか。
一方で、副鼻腔炎では副鼻腔内の NO濃度が低下しています。このことは逆に、
副鼻腔洞内で細菌やウイルスが増殖しやすく(①*)、副鼻腔粘膜の線毛運動が低下するため、粘液層を副鼻腔から鼻腔内へ押し出しにくくなります。(②*)
このことは、副鼻腔炎ではNO濃度が低下することで、” 細菌やウイルスが増殖しやすく、副鼻腔内の分泌物を鼻腔内に排泄しにくくなる ” ことを示しています。
これはすなわち、” 副鼻腔炎がさらに悪化しやすくなる、悪循環が起こること ” を意味しています。
いったん副鼻腔炎が発症すると、副鼻腔空間に存在する NO濃度が一気に低下して、副鼻腔炎がどんどん進行していくことが理解できます。
急性副鼻腔炎とNO?
このように考えてきますと、急性副鼻腔炎の発症は、単純に、副鼻腔と鼻腔の交通路である自然口が閉鎖することだけではないこと、が理解できます。
今までは、副鼻腔と鼻腔を交通する穴が炎症によって閉鎖するために閉鎖空間で細菌感染によって膿が貯留して、それが副鼻腔炎だと単純に理解していました。
そのことは、確かに正しいのですが、ここに NOの存在とその機能を考えると、副鼻腔炎の原因に、また別の要素が見えてきます。
副鼻腔炎の病態には、NOが重要な働きをしているのです。
ここで先に書いた、大気(空気)の組成を思い出してください。大気中には微量であっても NO(一酸化窒素)が存在しないこと (!) にお気づきでしょうか。
正常な副鼻腔に、通常呼吸している空気に存在しないNOが高濃度で存在していることは、
” NOが副鼻腔を感染から防御している ” と言えます。
さらにNOは、副鼻腔以外に全身の血管や臓器において、生体にとってさまざまな有益な働きをしています。
現在、 NOに関する研究は次々と新しい知見が解明されてきており、今後の発展が待たれます。
これだけは守ってください
急性副鼻腔炎について、たくさんのことを書いてきました。
生理学の理解、解剖学の知識、急性副鼻腔炎の発症様式、そして病気の本質は何か、など。
そして最近のNOについてのことも。
じつはまだ、急性副鼻腔炎について、わずかに述べただけに過ぎません。
臨床医学は、たった1つの疾患に語り尽くせないほどの事実があります。既にわかっていることも、未だわかっていないことも、そして現在わかりつつあることも。
耳鼻咽喉科の疾患の中で、最もポピュラーで、誰でも一度は経験したことがあると思われる病気、急性副鼻腔炎。
また、耳鼻咽喉科の外来を最も多く訪れる患者さんの病気。
もしあなたが、” 急性副鼻腔炎になったかも? ” と思ったら、これだけは守ってください。
それは、
” 10日たっても治らなかったら、耳鼻咽喉科を受診すること。”
10日間治らない副鼻腔炎は、治療が必要だからです。
参考にしてください
急性副鼻腔炎に関連するTopicsは複数、当院HP上に書いています。ご興味のある方はぜひ、お読みください。
(参考文献)
1 一酸化窒素(NO)と副鼻腔炎病態
竹野幸夫 平川勝洋
耳鼻免疫アレルギー 31(3):225-229, 2013
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjiao/31/3/31_225/_pdf
2 一酸化窒素(NO)の産生・代謝機構からみた鼻副鼻腔炎症
竹本浩太 竹野幸夫 他
耳鼻面アレルギー 37(4):233-239, 2019
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjiao/37/4/37_233/_pdf/-char/en