圧外傷て何?と聞かれそうです。圧外傷とは、水圧や気圧で外傷を負うこと。生体に急激な水圧や気圧の変化がかかったとき、耳にも圧変化による障害が起こります。これを、圧外傷と言います。ここでは、一般に多い気圧外傷について述べます。あなたが、飛行機に搭乗した時の話です。
気圧外傷のメカニズム
周囲の気圧が、上昇するときと、下降する時の2つに分かれます。
問題になるのは、中耳圧です。中耳とは、鼓膜の内側、内耳との間の空間です。鼓室ともいいます。耳小骨が並んでおり、周囲は空間です。わずか0.3 mlの空気しかありません。耳管という細い管で咽頭につながり、ここが弁のようになって空気圧を調整しています。
周囲の気圧が変化するとき、人は、嚥下や開口動作を無意識に行って、中耳圧を気圧と等しくしています。飛行機の下降時、高層ビルのエレベーター上昇時。急勾配の長い坂道などです。
圧外傷が起こるのは、もともと耳管機能が不良な人、または、風邪や咽頭炎、鼻副鼻腔炎で耳管が閉塞しているとき。耳管咽頭口が開かず、中耳の圧調整が全然できなくなります。すなわち、中耳が閉鎖空間になるのです。
気圧上昇のときは、外耳道圧が上昇しますので、中耳圧は相対的に陰圧になります。このとき、陰圧の影響を受けるのは、鼓膜と、内耳にある2つの窓(前庭窓と蝸牛窓)です。陰圧ですから、これらは、中へ引き込まれます。ただし、前庭窓には、耳小骨のアブミ骨がはまっているので、鼓膜と耳小骨連鎖を介して、鼓膜と同じ方向の動きが生じます。前庭窓は内耳側へ押し込まれ、蝸牛窓だけが中耳側へ引っ張られます。(図1 赤色矢印)
気圧下降のときは、これと全く逆のメカニズムです。外耳道圧は下降します。中耳圧は相対的に上昇しますので、鼓膜と2つの窓は、どれも中耳側から押されます。上記のとおり、前庭窓は鼓膜と同じ方向に動きます。前庭窓は中耳側へ引っ張られ、蝸牛窓だけが内耳側へ押し込まれる形になります。(下図 青色矢印)
わかりやすいように、図にしました。
アップルペンシルがなくて、指先で描きました。図がきれいでなくてすみません。
中耳圧外傷
基本的に、中耳の空気は、耳管から外(咽頭)へは出やすいが、中には入りにくい特徴があります。そのため、中耳圧外傷は、気圧が上昇するときに多く起こります。このとき中耳は相対的に陰圧になるので、鼓膜の内側に滲出液や血液が貯留します。いわゆる中耳炎です。
ダイビングで起こる中耳炎や飛行機の搭乗時に起こる航空性中耳炎は、これです。
気圧の上昇時に起こりやすいので、ダイビングでは、潜っていくとき、飛行機では、着陸するときに起こりやすいことがわかります。
内耳圧外傷
内耳圧外傷も中耳圧外傷と同じメカニズムです。ただし、内耳圧外傷は、やや複雑です。
①気圧の変化によるもの
②常圧下での急激な圧変化によるもの
③爆風によるもの
があります。このうち①は、中耳圧外傷と同じです。内耳圧外傷に特徴的な②と③について述べます。②の主な原因は、鼻かみ、怒責。③の原因は、爆風、平手打ちです。
鼻かみ・怒責
常圧下で起こることと、急激な圧変化で起こることが特徴です。メカニズムは、①の気圧の変化によるものと同じです。
つよい鼻かみのとき、耳管から空気が押し込まれ、急激に中耳圧が上昇します。鼓膜は外耳道側へ、2つの窓は内耳側へ押し込まれます。ただし、前庭窓は鼓膜の動きに連動しますので中耳側へ引かれます。ここまでは気圧が下降するときと同じです。これからがポイントです。
内耳の2つの窓で閉鎖されている空間には外リンパ液が充填されています。前庭窓を押すと蝸牛窓が、蝸牛窓を押すと前庭窓が、それぞれ逆方向に動きます。片方の窓を押し込むと、片方の窓は浮き上がる、という動きです。この外リンパ液は、細い管で脳脊髄液と交通しています。
ここで、つよい鼻かみの場合を考えてみます。つよい鼻かみのとき、先のメカニズムで、前庭窓は中耳側に引っ張られ、蝸牛窓は内耳側へ押し込まれます。同時に、鼻かみによってつよい脳脊髄圧の上昇が起こります。脳脊髄液と外リンパ液は交通していますので、鼻かみによる脳脊髄圧の上昇は、外リンパ液に伝わり、2つの窓を中耳側へ押し出そうとします。このとき蝸牛窓は、中耳圧によって内耳側へ押し込まれていますから、圧がキャンセルされてしまいます。一方、前庭窓は、鼓膜と連動して中耳側へ引っ張られているところに、外リンパ液の圧上昇によって、さらに中耳側へ押し出されます。2つの動きが重なって大きな動きになります。つよい圧変化が前庭窓にかかることになり、アブミ骨の底板が浮き上がったりズレたりして、外リンパ瘻が起こりやすくなります。
怒責のときも、全く同様です。怒責のときは、多くの人が、大きく息を吸い込んで止めていきみます。中耳圧の上昇と脳脊髄圧の上昇が起こります。鼻かみと同じメカニズムが起こります。前庭窓が中耳側へつよく引っ張られ、アブミ骨の底板が浮き上がり、外リンパ瘻を起こします
つよい鼻かみと怒責作業は、外リンパ瘻の原因で多いものですが、このときは、前庭窓からの外リンパ瘻が起きている可能性が高いと予想されます。
爆風
工場での爆発などで、つよい爆風を受けると、どうなるでしょうか。圧変化からは、気圧の上昇時と同じメカニズムです。ただし常圧下で起こるため、蝸牛窓は、中耳側でなく、内耳側へ押し込まれます。蝸牛窓は、鼓膜が爆風によるつよい圧によって急激に押し込まれるため、前庭窓が、内耳側へつよく押し込まれることになります。周囲の気圧変化のように一定の時間を経過せず、一瞬での急激な圧上昇ですから、前庭窓も、急激に内耳側へ押し込まれます。この急激なアブミ骨の押し込みが、前庭窓からの外リンパ瘻を起こす可能性があり、さらに爆風では、蝸牛窓も同時に押し込まれますので、両窓の破裂が起こる可能性が予想されます。
爆風では、潜水や飛行機と違い、鼓膜にかかる一瞬の圧力は強大ですから、当然、外傷性鼓膜穿孔も生じることが多く、内耳圧外傷と中耳圧外傷を合併した病態になります。
爆風ほど強大ではありませんが、これは、平手打ちなどの耳への暴力によっても、起こります。平手打ちのときは、多くの場合、鼓膜穿孔がみられます。
まるで、物理の講義みたいでしたが、圧外傷は、圧がどっちにかかるか、だけがポイントです。図を見て理解していただくと、ありがたいです。再度、前にお見せした図を書きます。
指先ドローです。見にくいかもしれませんが、図を見てよく考えてください。
検査・診断
視診、鼓膜の内視鏡検査、純音聴力検査、眼振検査を行います。側頭骨CTによる画像診断も必要です。
中耳圧外傷は、中耳炎の診断と治療になります。中耳滲出液の性状が、滲出性か血性かを診断します。伝音難聴の程度を確認します。
感音難聴が起こっているかどうかで、内耳圧外傷を合併しているかの予想がつきます。
内耳圧外傷は、感音難聴、めまい、耳鳴の症状があります。外リンパ瘻に準じて、検査、診断を進めていきます。爆風によるものでは、鼓膜穿孔を伴うことが多く、鼓膜穿孔の診断と治療も並行して行います。
純音聴力検査は、感音難聴が起こっているか、が重要です。内耳圧外傷による感音難聴は、低音障害型、高音障害型、水平型、聾型など、さまざまなパターンを示します。爆風によるものは、高音障害型が多くみられます。原因として、アブミ骨の急激な振動と偏位が考えられます。
外リンパ瘻の側頭骨CTでは、内耳、前庭腔に小気泡が確認されることもあります。また、内耳圧外傷による外リンパ瘻の診断のときは、上半規管裂隙症候群の鑑別診断の必要がありますので、側頭骨CTは、必須の検査です。
治療
中耳圧外傷で中耳に滲出液や血液が貯留しているとき、中耳炎に対する治療を行います。感音難聴がなければ、保存的に治療し、感染予防を行います。
内耳圧外傷は、治療パターンが複雑です。受傷機転が違いますので、症例ごとに慎重に行います。外リンパ瘻は、急性感音難聴ですので、突発性難聴に準じて治療します。ステロイド治療が中心です。鼓膜穿孔を合併するときは、合わせて、抗菌薬による感染予防を行います。
感音難聴の治療が、最優先されます。外リンパ瘻は、自然閉鎖もありますので、1週間ほどは保存的に治療します。頭部を高くして安静にし、つよい鼻かみや怒責を禁止します。
感音難聴が高度であるとき、聾型のとき、激しいめまい、めまいが改善しないとき、治療中に感音難聴が進行するときは、手術治療を考慮します。(内耳窓閉鎖術)
鼓膜穿孔は、手術時に閉鎖します。
感音難聴は、治療によっても改善せず、残ってしまうこともあります。治療開始は、できるだけ早期が望ましく、受傷から3週間以降は、治療効果がみられないことが多いことを理解する必要があります。
おわりに
内耳の気圧外傷について、書きました。簡単にまとめるつもりでしたが、長くなりました。
とにかく、耳は非常に繊細な器官で、さまざまな環境変化によって、障害を受けやすいことを理解してください。とくに内耳障害は、治療を行っても、感音難聴が生涯聴力として残ることがあります。できるだけ早く、耳鼻咽喉科を受診してください。
爆風などでは受診しますが、鼻かみや怒責作業のあと、平手打ちで、耳がつまった感じだけのときもあります。めまいがひどくなく、フラフラ感だけだと、つい大丈夫と思ってそのままにしている人がいます。3週間を過ぎると、落ちた聴力は治りません。
どうか、すぐに、耳鼻咽喉科へ。
決してそのままにしないで!