点鼻薬というもの
点鼻薬というお薬をご存知の方は多いと思います。点鼻薬とは、文字通り、鼻に「点(つ)ける」薬のことです。( *点とは、さす、つけるなどの意味があります。)
鼻がわるくて耳鼻咽喉科の外来を受診されたとき、点鼻薬を処方された経験をお持ちの方は、多いと思います。また、耳鼻科を受診したときではないけれど、薬局の花粉症コーナーでどれが効くか、あれこれ真剣に選んだ記憶がある方もいらっしゃると思います。
花粉症でつらいとき、風邪をひいて鼻がまったく通らないとき、鼻がつまって夜眠れなくなったとき、点鼻薬は短時間につらい鼻づまりの症状を和らげてくれます。ときどき使っている方、日常的に使う方、本当に苦しい時だけ使う方。個人個人でさまざまな使い方がなされている点鼻薬。身近にあって、割と手に入りやすい鼻の薬が点鼻薬です。
医療機関だけでなく、もちろん薬局にも、たくさんの種類の点鼻薬があります。花粉症のシーズンにはこれらの点鼻薬が花粉症の薬と同時に一気に店頭に並びます。
花粉症やアレルギー性鼻炎をお持ちの方なら誰でもよく知っているはずの点鼻薬ですが、みなさんは点鼻薬について、一体どのくらい詳しくご存知でしょうか。それぞれの点鼻薬の成分表をしっかり見られたことはありますか?また、薬局で購入される点鼻薬と医療機関で処方される点鼻薬の違いをご存知ですか?
今回は、この点鼻薬について、みなさんが意外に知らないことを書こうと思っています。
一般に、点鼻薬と言うことが多いですが、正式には、「点鼻液」と言います。
点鼻液の即効性
花粉症で鼻づまりがひどいとき、鼻炎がひどくて眠れなかったとき、薬局の薬が効かなかったとき、風邪をひいて急に鼻が通らなくなったとき、皆さんはどうして欲しいですか?
もちろん、クリニックで処方されたお薬を飲んで薬が効くまでじっと待っておられる方もいると思います。薬局で買ったお薬が効くまで待っておられる方もいると思います。しかし、あなたは本当にそれで良いですか? 鼻がつまって苦しいのに、お昼から大事な会議があるのではないですか?大切なプレゼンをしなくてはならないのではありませんか?明日から出張で大切な商談を控えているのではないですか?そんな時、鼻づまりに悩まされていたら、とても集中して仕事ができませんね。
点鼻液は、即効性があり、局所作用のために飲み薬のように体に負担をかけません。小型でかさばらず、旅行や出張にも手軽に持ち運べて便利です。外出先でも飲み薬を飲むのはすこし抵抗がありますが、点鼻液なら人が見ていないときを見計らって、自分で簡単に治療できます。また、すでにお薬を飲んでいるのに鼻水、鼻づまりなどの鼻の症状が良くならないときなどに、点鼻液の存在はとてもありがたいものになります。「今すぐ、鼻水を止めたい。」「今すぐ鼻を通したい。」みなさんのそんな気持ちに寄り添うのが点鼻液と言えるかもしれません。
写真1 ナザール「スプレー」(sato 製薬)
代表的な点鼻薬です。薬局で買えます。
他にもたくさんの点鼻薬があります。
点鼻液のタイプ
点鼻液は、種類によって、点鼻のしかたが違います。
点鼻液には、ミスト(霧)状になった細かい薬液が鼻腔内に噴霧(ふんむ)される「定量噴霧式」タイプ、粉末の薬剤が噴霧される「粉末噴霧式」タイプ、さらに液体の薬液を直接鼻腔内に落下させる「液体」タイプ、などがあります。
定量噴霧式は、液体の薬液をミスト状の非常に細かい粒子にして、鼻腔の奥まで噴霧させるスプレー型のタイプです。
このタイプは、細かい霧状になった薬液の粒子が、鼻腔内に均等に噴霧されますので、薬液が鼻腔の奥まで到達し、鼻粘膜の最も広い範囲に付着します。
粉末噴霧式タイプは、細かい霧状の薬液の代わりに、粉末の薬剤を鼻腔内に噴霧するものです。
液体タイプの点鼻液は、ポタポタと鼻の中に落下させて鼻粘膜に付着させます。文字通り、点鼻です。局所的にたっぷりと鼻粘膜に付着しますが、全体に満遍なくはいきわたりません。また鼻腔の奥まで届かせるためには、特殊な体位を、とらなければなりません。
このうち、ミスト型のタイプは、顔をすこし上を向けるだけで鼻腔に噴霧できます。液体タイプの点鼻薬は、顔を大きく天井に向けて、鼻の穴から薬液を重力で落下させなければなりません。
写真2 アラミスト点鼻液27.5μg120噴霧用
定量噴霧式アレルギー性鼻炎治療薬
https://gskpro.com/ja-jp/products-info/allermist/product-characteristics/14/#r1
写真3 アラミスト点鼻液27.5μg120噴霧用
https://jp.gsk.com/ja-jp/
代表的な鼻噴霧用ステロイド点鼻液です。
本体横(グリーンの部分)を押すと薬液が霧状に噴霧されます。非常に細かいミストが特徴で、鼻粘膜の広い範囲に噴霧されます。
写真4 ナゾネックス点鼻液50μg56噴霧用
https://www.kyorin-pharm.co.jp/prodinfo/medicine/details/products002321/
先端がノズル式のスプレータイプです。霧状になった薬液が広い範囲の鼻粘膜に噴霧されます。
写真5 エリザス®点鼻粉末200μg28噴霧用
https://med.nippon-shinyaku.co.jp/product/erizas_tenbi/
粉末の薬剤が噴霧されます。鼻粘膜に刺激感がほとんどないのが特徴です。噴霧感は感じませんが、鼻粘膜にはしっかり薬剤が付着します。
写真6 トーク(トラマゾリン塩酸塩)
https://hokuto.app/medicine/OtwjfALpWYv8Qd6epipP
完全な液体タイプの点鼻液です。鼻の粘膜に滴下されて直接作用します。すこし刺激はありますが、効果はダイレクトです。
どの点鼻液が良いかは、人それぞれの使い勝手があり、一概には言えません。例えば、ミスト型は何となく物足りなくて、やや粒子の粗い薬液が塊状にスプレー型の強い圧で飛んでくるタイプが好きな方はけっこういらっしゃいます。また、すこしだけ不便だけど鼻の粘膜にたっぷりくっつく感じが良いのか、液体の点鼻薬を好んで使われる方も意外に多い印象があります。
一般にミスト状になった液体は数μmから数十μmのサイズと言われますが、ゲル状の薬液をスプレー噴霧する場合は、これよりすこし大きいサイズになると思われます。
使い勝手ももちろん大事ですが、それ以上に大切なことは、本当に効くかどうか。それに尽きます。
点鼻液に求められるもの
鼻の粘膜に直接噴霧されて作用を発揮することは同じですが、どんな働きをするのかは、それぞれの点鼻液で少しずつ違いがあります。それは、おもに点鼻液に含まれている薬剤の種類によります。
もちろん点鼻液に含まれている薬剤の種類によって薬理作用が違ってくるのは当然のことですが、すべての点鼻液に共通しているのは、即効性を求められていることではないでしょうか。これは、点鼻液の薬液の成分を決定するのに最も重要なことになります。
この場合の即効性とは、おもに鼻水、鼻づまりの症状を短時間に軽減させることです。
それでは、短時間に鼻の症状を劇的に改善させるには、いったいどんな薬剤を使えば良いのでしょう。その成分が点鼻液のポイントになります。
点鼻液の成分
さて、いよいよ本題に入っていきます。
点鼻液に求められているのが、即効性であることがわかりました。では、即効性を表すためにはどのような成分の薬剤を配合すれば良いのでしょうか。これが点鼻液を比較するポイントになりそうです。
じつは、即効性を表す薬は、すでに決まっています。それは、
ステロイド薬と血管収縮薬です。
ステロイド
ステロイドは、簡単に言えば、組織の炎症反応を抑制する働きがあります。抗炎症作用です。
花粉症もアレルギー性鼻炎も、すべて炎症です。スギ花粉症はスギ花粉によって、アレルギー性鼻炎は、ハウスダストやダニによって起こる一連のアレルギー反応であり、炎症反応です。したがって、ステロイドの抗炎症作用は、花粉症もアレルギー性鼻炎も抑えます。詳しい機序は後述しますが、ステロイドには強力な抗炎症作用があります。
血管透過性亢進
花粉症やアレルギー性鼻炎で鼻粘膜で大量に遊離されるヒスタミンは、血管内皮細胞を収縮させます。そのため、血管内皮細胞に隙間ができて、血管から血漿が漏れて出やすくなります。さらにヒスタミンは、”血管平滑筋を弛緩させる” いくつかの物質の合成を高めます。例えば、NO(nitric oxide)(一酸化窒素)、endothelium-derived hyperpolarizing factors (EDHF)、その他の物質です。その結果、血管は弛緩して拡張します。このように、ヒスタミンの作用で、鼻甲介粘膜の血管拡張と血管透過性の亢進が起こるのです。
図1 血管透過性亢進のイラスト
(「シェパードがおくる松本大策のサイト」から引用させて頂きました。シンプルですが、非常にわかりやすいイラストです。)
緑色の血管壁🟩が血管内皮細胞です。
https://www.shepherd-clc.com/archives/11773
ヒスタミンの作用で、鼻甲介の血管の血管透過性が亢進することによって、血漿成分が血管外に大量に漏出するために、鼻甲介粘膜の血管周囲に多量の水分が貯留して、鼻甲介粘膜の容積増大が起こります。さらに、ヒスタミンによる血管拡張が起こると、血管に流れ込む血液量が増えて血管が膨らみますので、鼻甲介粘膜は充血によって容積はさらに増大します。
鼻甲介粘膜の容積増大は、鼻づまりを起こします。
ステロイドは、その強い抗炎症作用で、ヒスタミンによって起こる血管拡張と血管透過性亢進を強く抑制します。そのため、鼻粘膜の腫脹を軽減し、鼻づまりを劇的に改善するのです。
ケミカルメディエイター抑制
さらに、ステロイドは、肥満細胞から遊離される、または産生される、ケミカルメディエイター(アレルギーを起こす化学物質)を強く抑制します。したがって、これらのケミカルメディエイターによって起こってくるはずのアレルギー反応が強く抑制されます。
(*これについても後述します。)
好酸球の集まりを止める
もう1つ、ステロイドには、重要な働きがあります。それは、アレルギー反応が起こったとき、鼻甲介粘膜に集まってくる好酸球、リンパ球、肥満細胞などの集合を抑制することです。とくに、肥満細胞や好酸球が多く集まると、アレルギー反応がどんどん加速していきますので、ステロイドがこれらの免疫細胞の集合を止めることは、花粉症やアレルギー性鼻炎のアレルギー反応を抑制することになります。
3つの症状をおさえる
このような理由で、ステロイドはとくに鼻づまりに効果を表します。さらに、ステロイドはケミカルメディエイター遊離、産生を抑制しますので、鼻腺細胞からの鼻汁分泌をつよく抑制して、鼻水を劇的に改善させます。
鼻づまりをとり、鼻水を劇的に改善させるような薬は、アレルギー性鼻炎にとって、ある意味、最強の薬剤と言えます。したがって、ほとんどすべての点鼻液には、それぞれ種類や量の違いはありますが、ステロイド薬が入っています。
一般に、ステロイドは、くしゃみ、鼻水、鼻づまりのアレルギー性鼻炎の3つの症状をすべて改善すると言われています。
血管収縮薬
もう1つの最強薬剤は、血管収縮薬です。これは、想像しやすいでしょう。アレルギー性鼻炎は、鼻粘膜が狭い鼻腔内でパンパンに膨らんで腫れている状態です。この鼻粘膜の腫れは、最終的には、鼻粘膜に大量の血液が流れ込むことで起こります。鼻粘膜が充血して腫れてしまうのです。もちろん、鼻粘膜で起こっているアレルギー反応は、肥満細胞から遊離されたヒスタミンの働きによって鼻粘膜の血管拡張が起こり、血管を流れる血液量が増えたうえに、さらに血管透過性が亢進して(=血管内から血管外へ水分が漏れ出てしまうこと)、起こります。(*) すなわち、鼻粘膜に大量の血液が流れこむことが鼻づまりの原因です。
図2 鼻粘膜の腫脹(はれ)が鼻づまりを起こします。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Nose
血管収縮薬は、鼻粘膜の血管に作用して、鼻粘膜の血管を収縮させます。そのため、血流が劇的に減少して、鼻粘膜の腫脹が改善されます。これが、血管収縮薬の作用です。そのため、市販の点鼻液もクリニックで処方される点鼻液も多少の違いはあるものの、鼻づまりの効果を狙ってほとんどの点鼻液に血管収縮薬が入っているのです。
血管収縮薬については、紙面の関係で、後日あらためて、深く考察したいと思います。今回は、ステロイドについて書きます。
ステロイドという薬
ステロイドは、みなさんよくお聞きになる薬だと思います。しかし、ステロイドとは一体どんな薬なのでしょうか。どんな薬で、どこに、どのように効くのでしょうか。そして、あなたはそれをご存知ですか?
おそらくほとんどの方は、きちんと理解されていないのではないかと思います。
ここで、点鼻液の最も重要な成分である、ステロイド薬についてすこし説明しようと思います。
コルチゾールと副腎
ステロイドは、ヒトの副腎皮質で産生されて血液中に放出される物質です。一般に、糖質(グルコ)コルチコイド、鉱質(ミネラル)コルチコイド、性ホルモンの3種類に分類されています。このうち、治療薬として議論されるのは、おもに糖質コルチコイドです。これは、最終的にコルチゾールとして、副腎から血液中に放出されます。
副腎は、左右の腎臓の真上に1つずつある4cm、4g の小さな臓器ですが、コルチゾール以外にもアドレナリン、ノルアドレナリンなど、生体内で非常に重要な物質を産生して、血液中に放出しています。
図3 腎臓の真上に副腎がある。
(副腎 Adrenal glands🟨)
写真7 副腎(Adrenal glands)
左: 左副腎(前方より) 右: 右副腎(後方より)
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Adrenal_glands.jpg#mw-jump-to-license
図4 副腎の構造 副腎皮質(ひしつ)は3層構造、最深部は副腎髄質(ずいしつ)
Zona glomerulosa 球状層 (副腎皮質)
Zona fasciculata 束状層 (副腎皮質)
Zona reticularis 網状層 (副腎皮質)
Adrenal medulla 副腎髄質
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Adrenal_gland
コルチゾールは、副腎皮質の2番目の層、束状層で産生されています。
治療で問題になるステロイドは、糖質コルチコイドと鉱質コルチコイドです。糖質コルチコイドには、免疫系と代謝系の2つの働きがあります。ここでは、代表的な糖質コルチコイドとして、コルチゾールを例に説明します。
ステロイドとは一体何?
生体内で産生されるステロイドは、コルチゾールです。別名、ハイドロコルチゾン(hydro cortisone)と呼ばれます。
ステロイドは、ステロイド核と呼ばれる3つの六員環と1つの五員環がつながる構造をとり、21個の炭素原始を有しています。
図5 コルチゾールの化学構造(ヒドロコルチゾン)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Glucocorticoid
コルチゾールは、副腎が作ることができるステロイドです。いわば、天然もののステロイドです。ところが、医療でさまざまな病気に対して使われるステロイドは、そのほとんどが合成のステロイドです。合成ステロイドには、以下の種類があります。
ヒドロコルチゾン(hydro cortisone)
プレドニゾロン(Prednisolone)
メチルプレドニゾロン(Methylprednisolone)
トリアムシノロン(Triamcinolone)
デキサメサゾン(Dexamethasone)
ベタメタゾン(Betamethasone)
フルチカゾンフロウト(Fluticasone furoate)
モメタゾンフロウトヒドレイト(Mometasone furoate hydrate)
フルドロコルチゾン(Fludrocortisone)
1つ1つの合成ステロイドに、それぞれの特徴があります。病気の種類に合わせて最も適したステロイドが使用されています。
ステロイドはどこに作用する?
さて、副腎から血液中に放出された、または体外から投与されたステロイド(コルチゾール)は、どこにどのように作用するのでしょうか。
じつは、コルチゾールは、標的となる臓器や組織の細胞の細胞膜を通過してその作用を発揮します。ふつう、生体内の多くの物質は、細胞膜上に存在している受容体(レセプター)に結合して、その作用を発揮できるようになっています。
図6 細胞膜上に存在する細胞膜受容体 (7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体 図中央)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E8%83%9E%E8%A1%A8%E9%9D%A2%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93
体内のほかのタンパク質やホルモンなどは細胞内には入らないのです。細胞膜上の受容体に結合した後、細胞内で変化が起こり、セカンドメッセンジャーが働いて、細胞内での反応が進行していきます。代表的な細胞膜上受容体には、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)などがあります。(図6)
ところが、コルチゾールは、細胞膜を簡単に通過して、直接細胞内に入り込みます。コルチゾールの受容体は、細胞膜の内側、すなわち細胞内にあります。コルチゾールと甲状腺ホルモンは、細胞膜を通過して細胞内の受容体に結合できるようになっています。
図7 核内受容体(Nuclear receptor NR)を経由したステロイド(コルチゾール)の反応経路
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Nuclear_receptor
コルチゾールの細胞内受容体は、グルココルチコイドレセプター(Glucocorticoid receptor GR)と呼ばれています。
コルチゾールは、細胞内のGRと結合した後、核内へ移動して、2量体(ダイマー)となり、遺伝子であるDNAの特定の部位に結合します。(GRは図ではNRと表示)
図8 (図7同)
GRは、細胞内で熱ショックタンパク(ヒートショックプロテイン heat shock protein HSP)と結合しています。コルチゾールがGRに結合すると、HSPは離れます。 🔵→🟢
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Nuclear_receptor
ステロイドの抗炎症作用
生体内のステロイド=コルチゾールは、先に書いたように、おもに2つの重要な役割を担っています。1つは強力な抗炎症作用、もう1つは糖新生作用です。このうち、治療で使用されているステロイドは、一般に抗炎症作用をねらったものが多いと言えます。
コルチゾールには強力な抗炎症作用があります。
① 抗炎症タンパク質の発現を増やす。
② 炎症性タンパク質(サイトカイン)の発現を減らす
この2つで強力な抗炎症作用を現します。
もう1つの抗炎症作用については、後で書きます。
DNAの転写を促すコルチゾール
細胞内には、糖質コルチコイド受容体 =グルココルチコイドレセプター (GR)があります。コルチゾールは、このGRに結合した後、細胞核内に入り、DNA鎖の特定の部位にあるグルココルチコイド応答エレメント(GRE)に結合します。
コルチゾールが結合したGRが結合したDNAのGRE部位は、”抗炎症タンパク質”を合成するための遺伝子が並んでいます。すなわち、このGREのDNA転写が行われると、抗炎症タンパク質を合成するmRNAが作られるのです。
図9 (図8同) コルチゾールが細胞内受容体(GR)に結合した後、DNAに作用してmRNAを介したタンパク質合成が進むまで
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Nuclear_receptor
コルチゾールが細胞内の糖質コルチコイド受容体(GR)に結合します。🔵
HSP(熱ショックタンパク)が離れて、コルチゾールとGRが結合したものが2量体(ダイマー)を形成します。🟢
GRの2量体⭕️がDNAの特定の部位(GRE)に結合します。
GREは、DNAの中で、”抗炎症タンパク質を合成するための遺伝子情報”が並んでいる部位です。そのため、GREのDNAが転写されると、この部分の遺伝子情報がmRNAに写しとられるため、抗炎症タンパク質を合成する遺伝子情報をもったmRNAが作られます。🟡
mRNAは、細胞核を出て細胞質内へ移動し、リボゾームと結合して、mRNAから抗炎症タンパク質が合成されます。(水色◯)
このような経路で、ステロイドは生体内の炎症を抑制します。
ヒストン、ヌクレオゾーム、染色体
ここで、DNAからタンパク質合成のための情報が伝達されるしくみを簡単に説明します。遺伝学の基礎知識の1つです。
核の中に存在する染色体は、ヒストンという塊になって存在しています。ヒストンは、長いDNA鎖を折り畳んだ状態で固定するためのタンパク質です。塩基性タンパク質のため、酸性のDNAと結合しやすく、安定します。ヒストンは8量体を形成してDNAを1.65回巻きつけ、ヌクレオソームという構造をとります。ヌクレオソームが集まってクロマチン(染色体)になります。
図10 コアヒストンからヌクレオソーム、30nm ファイバー構造ができるまで
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%81%E3%83%B3
コアヒストンが8個集まり8量体を形成し、DNAを1.65回転ずつ巻きつけてヌクレオソームを作ります。DNAはさらに折り畳まれて30nm ファイバーと呼ばれる構造をとってつながります。この塊がたくさん集まって複雑に折り畳まれ、最終的にクロマチン(染色体)を作っています。
DNAの転写とmRNA
DNAが複製されたり、転写されるときは、ヒストンは一度ほどけて2本鎖のDNAになります。このDNAが1本ずつの鎖にほどけると、DNAの塩基配列、アデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)、の4つの塩基が並んだ鎖が剥き出しになります。この4つの塩基に対応する塩基配列は決まっていて、Aに対してT、Gに対してCです。元のDNAを鋳型として、対応する塩基配列が並んだものを、mRNA と言います。
図11 RNAP(RNA ポリメラーゼ)によって解かれたDNAの塩基配列を読みとり、mRNAを作っています。(青線🟦がmRNA)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%A2%E5%86%99_(%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%AD%A6)
mRNAを鋳型としてもう一度塩基配列を並べると、元のDNAにもどりますので、遺伝子の情報が”そのまま”タンパク合成に伝達されることになるのです。
mRNAから翻訳
mRNAは、DNAをいわば逆コピーした鎖です。mRNAの塩基配列は3つずつが1組になっています。その1組をコドン(codon)といいます。1つのコドンには1つのアミノ酸が対応します。コドンは、4の3乗=64個の組み合わせがありますので、原則として64個のアミノ酸を並べることができますが、実際は複数の違う塩基配列でも同じアミノ酸を作ることになっていますので、合成されるアミノ酸の数は全部で20種類です。この20種類のアミノ酸がmRNAを鋳型にして次々に繋げられていき、タンパク質が合成されていきます。この過程を翻訳と言います。
このタンパク質の特性は、すべてがアミノ酸の種類と並んでいる配列によって決まっていて、目的に合った働きをするように設計されているのです。
これを、もう少しわかりやすくまとめると、下のイラストのようになります。
図12 細胞核内の転写と細胞内での翻訳
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%9D%E4%BB%A4RNA
このように、細胞核内で二重らせん構造のDNAが解けて、解けたDNAを鋳型として、1本のmRNAがつくられます。これがDNAの転写です。
このmRNAが核を出て、細胞内でリボゾームと結合してmRNAの遺伝子情報からタンパク質を合成します。これが翻訳です。
図13 DNAが解けてDNAを鋳型としてmRNAが作られるhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%9D%E4%BB%A4RNA
mRNAからタンパク質が合成される(翻訳)(アニメーション)
→
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/94/Protein_translation.gif
(クリックしてご覧ください。出典:Wikipedia)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%BF%BB%E8%A8%B3_(%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%AD%A6)
mRNAがリボゾームと結合して、mRNAの1本の鎖にある遺伝情報をもとに、タンパク質を合成します。
ステロイドが作用すると…
細胞核内でのDNAからmRNAへの転写、細胞質内でのmRNAからタンパク質への翻訳。
これを、ステロイド受容体との関係を入れて、もう一度整理します。
図14 (図8同)
先の図と同じです。細胞外から入ってきたステロイドが受容体と結合した後、細胞核内に入り、⭕️の部分でDNAにステロイド受容体のままで作用しています。
理解を助けるために、別のイラストで示すと、こうなります。
図15 ステロイド受容体が核内でDNAに作用してmRNAを変化させて抗炎症タンパク質が合成される過程
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Steroid_hormone
すこしだけ遺伝学の知識になりましたが、要点は、以下の通りになります。
① ステロイドは、細胞膜を通過して、細胞質内にHSP90(熱ショックタンパク90)と結合して存在するグルココルチコイド受容体(GR)と結合します。
② ステロイドと結合したGRは、HSP90が離れ、2量体を形成したのち、細胞核の中に入り込み、DNA遺伝子のもつタンパク質合成の遺伝子情報を探して、”抗炎症タンパク質を作る遺伝情報をもっている部分に結合します。”
このとき、ステロイドが結合するDNAの部位をGRE(glucocorticoid response element グルココルチコイド反応エレメント)と言います。
③ GREで、抗炎症タンパク質を合成するための遺伝子情報をもつ塩基配列が、DNAからmRNAへ転写されます。
④ DNAから遺伝子情報を転写されたmRNAは、細胞質へ移動してリボゾームと結合します。
③ リボゾームがmRNAの転写情報(アミノ酸配列)を読み取り、抗炎症タンパク質を合成します。
ステロイドは、体の最深部から炎症を止める働きを持っていると言って良いと思います。
抗炎症タンパク質とは?
ステロイドがDNAからmRNAを介して抗炎症タンパク質を合成させるとき、この抗炎症タンパク質には、どのような物質があるのそでしょうか?
ステロイドから合成される、抗炎症タンパク質には、リポコルチン(lipocortin)、インターロイキン1受容体拮抗薬(interleukin-1 receptor antagonist)、β2受容体、IκBがあります。
リポコルチンは、ステロイドによって、マクロファージや白血球から産生される抗炎症タンパク質です。これは、DNAからmRNAを介したタンパク質合成過程を通る反応ですから、ステロイドの暴露から効果の発現まで、およそ数時間かかります。
局所の炎症や免疫反応のときは、まずマクロファージが活性化されます。マクロファージに抗原刺激が加わると、インターロイキン-1(IL-1)が産生されて、IL-1がTリンパ球を活性化します。ステロイドはマクロファージに作用して、このIL-1の産生を抑制します。
ステロイドがDNA-mRNA系を介して産生する抗炎症タンパク質には、インターロイキン1受容体拮抗薬(interleukin-1 receptor antagonist)があります。ステロイドは、マクロファージに働いてIL-1産生を抑制するだけでなく、IL-1受容体抗体を産生することで、IL-1が受容体に結合できなくなり、さらに働くことができなくなります。
IL-1 は、血管内皮細胞に白血球が粘着するのを促進する働きがありますが、ステロイドがIL-1の働きをつよく抑制することによって、炎症組織に白血球が集積するのがブロックされるようになります。したがって炎症がそれ以上進まないようになります。
β2受容体は、アドレナリン、ノルアドレナリンが結合するアドレナリン受容体の1つで、7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体(GPCR)の1つです。受容体と共役しているGタンパク質はアデニル酸シクラーゼ(AC)を活性化させます。β2受容体は、気管支、血管、心臓に存在して、気管支平滑筋の拡張、筋肉と肝臓での血管平滑筋の拡張、子宮平滑筋など各種の平滑筋を弛緩させます。また、インスリンの放出をうながすことで、糖代謝に関与しています。
核内でDNAに結合してタンパク質合成を行う転写因子、NF-κBは通常、IκB(Inhibitor κB)によって制御されていますが、何らかの理由でこのIκBが減少すると、NF-κBは DNAに結合して、どんどん炎症物質を作り出していきます。この抑制がかからない状態が続くと、慢性炎症が体内で持続する病態になり、クローン病、関節リウマチ、悪性腫瘍、敗血症、HIV、などの疾患の原因になります。すなわち、これらの病気にかからないようにするためには、NF-κBの活性化を抑制することが必要であり、これを担う物質がIκBです。ステロイドは、このIκBを作り出すことで、つよい抗炎症作用を示します。
炎症性サイトカインを作らせない?
ステロイドの細胞核内の作用には、DNAの遺伝情報をmRNAに写しとって、抗炎症タンパク質の合成をどんどん進める、こと以外に、まったく逆の発想で、炎症性物質(サイトカインなど)を作らせないように働く、という働きがあります。
GREには、GRが結合して、DNAからmRNAへの転写が促進されました。しかし、GRは、GREに結合せずに、DNA転写を調節できる働きももっています。
ステロイドが結合した受容体(GR)は、細胞核内で、炎症前駆物質の1つである AP1(Activation protein 1)という物質のc-jun サブユニットに結合します。
図16 DNAに結合するAP1 (Activation protein 1)
水色と緑色のねじれたリボン構造。水色がc-Fos、緑色がC-jun、茶色がDNA を表しています。
DNAのプロモーター領域にAP1が結合しています。このとき、AP1は、転写因子として働きます。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/AP-1
AP1は、遺伝子のDNAに図のように結合しています。AP1は、DNAに対して、炎症性サイトカインを産生する遺伝子情報の転写を促進させる働きがあります。
簡単に言うと、AP1の働きによって、炎症性サイトカインがたくさん合成される、ことになります。
AP1によって、炎症性サイトカインの産生が抑えられれば、体の中の炎症反応は進まず、これは別の角度からの強力な抗炎症作用を後押しすることになります。
さらに、AP1に結合したGRは、生体内で炎症反応を促進する物質である、NF-κBの作用を抑制します。これは、NF-κB阻害タンパク質であるIKappaB を作るDNAの遺伝子情報がAP1によってmRNAに転写されて、IKappaB が多く作られることで起こります。
また、AP1結合GRは、炎症物質のNF-κBのcoactivator (機能促進因子)と競合することによって、NF-κBの作用を阻害します。
このように、ステロイドは、DNAからmRNAへの遺伝子転写を促進したり抑制したりする操作を行って、抗炎症タンパク質や、炎症性サイトカインの合成量を変化させ、強力な抗炎症作用を手に入れているのです。
すこし複雑ですが、非常に興味深いですね。
ステロイドの糖新生作用
一方、代謝系では、糖(グルコース)の代謝に関与しています。
コルチゾールは、肝臓での糖新生を促進して、筋肉や脂肪での糖の取り込みを抑制することで、空腹時に血糖値を上昇させる作用を持っています。その他に、腎臓でのNa+ 再吸収とK+ 排泄の促進によって、血液中のNa+ 保持による循環血液量の増加と血圧上昇を起こします。さらにステロイドは、体液の酸塩基平衡などのバランスを保つ働きがあります。
ステロイドの作用は、まだあります。次は、細胞核のDNAを介さずに、直接、強力な抗炎症作用を現す、ステロイドの持つ特徴について、書きます。
遺伝子を介さない作用
ステロイドは、先に書きましたように、細胞核内のDNAに作用して抗炎症作用を現しますが、じつはDNAを通さない、いわゆる”遺伝子を介さない作用”、があります。これを、ステロイドの”非ゲノム作用”と言います。
細胞膜
生体内の細胞は、すべて細胞膜という薄い膜で包まれています。この細胞膜は、1枚の薄い皮ではなく、フォスファチジルコリン(Phospha tidyl Choline 図右下)が整然と並んで、それらが逆さまにくっついた構造をしています。この膜は流動性があって、細胞膜の隙間に、タンパク質、イオンチャネル、受容体、イオンポンプ、などのタンパク質の塊が浮かんでいます。
図17 細胞膜(Cell membrane)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E8%83%9E%E8%86%9C
図18 フォスファチジルコリン(Phospha tidyl Choline (細胞膜の最小単位)
ステロイドは、この細胞膜を簡単に通過して、細胞内に入っていきます。
アラキドン酸カスケード
図19 アラキドン酸カスケード
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%AD%E3%83%89%E3%83%B3%E9%85%B8
細胞膜の成分であるアラキドン酸は、ホスホリパーゼA2の働きによって細胞膜から遊離して、ここから、プロスタグランジン・トロンボキサン・ロイコトリエンなどが作られます。、この生合成過程をアラキドン酸カスケードといいます。
図20 アラキドン酸からプロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンへの合成経路https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%AD%E3%83%89%E3%83%B3%E9%85%B8%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89
⭕️アラキドン酸
🟢プロスタグランジン
🟡トロンボキサン
🔵ロイコトリエン
水色のマークは、ホスホリパーゼA2
図の1番上のphospholipid が細胞膜の成分です。細胞膜のphospholipid は、phospholipase A2 (ホスホリパーゼA2)の働きによって、分解されて、アラキドン酸になります。(Arachidonic acid)
さらに、アラキドン酸からは、プロスタグランジン(Prostaglandin)、トロンボキサン(Thromboxane)、ロイコトリエン(Leukotrien)、などが合成されます。
ステロイドは、この経路の、ホスホリパーゼA2の働きを抑制します。(図の上方の水色の◯)
ホスホリパーゼA2が作用できなくなると、細胞膜からのアラキドン酸遊離が阻害され、アラキドン酸の合成が減ります。その結果、その後のプロスタグランジンやトロンボキサン、ロイコトリエンの産生が抑制されてしまいます。
プロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエン、などは強力な炎症性物質です。
ステロイドはこれらの、プロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンなどの炎症性物質の産生を抑制することで、つよい抗炎症作用を示すことが知られています。
この過程は、ステロイドの”非ゲノム作用”と呼ばれています。
ステロイドがDNAに作用して抗炎症タンパク質を合成する過程を”ゲノム作用”と言いますが、DNAを介した作用の発現には、少なくとも数時間を要します。したがって、それだけではステロイド治療時に遭遇するステロイドの即効性を説明することができませんでした。現在では、上記の非ゲノム作用が、ステロイドが即効性を発現できる理由と考えられています。
この反応過程では、ステロイドは、細胞膜受容体に結合するとされています。
鼻粘膜ではどう働くのか?
ステロイドの薬理作用と作用機序は理解できました。それでは、鼻腔内に噴霧されたステロイドは実際に、鼻粘膜に対してどのように働いているでしょうか。
アレルギー性鼻炎の代表的な内服薬である第二世代抗ヒスタミン薬は、鼻粘膜のアレルギー反応が起こって肥満細胞から遊離された大量のヒスタミンが、ヒスタミンH1受容体に結合するのを強力にブロックします。
また、ケミカルメデイエーター遊離抑制薬は、鼻粘膜でアレルギー反応が起こって、肥満細胞から、ヒスタミン、ロイコトリエン、トロンボキサン、プロスタグランジンなどの物質が放出されるのを抑制することで、アレルギー反応の進行を抑えます。
ここで、花粉症やアレルギー性鼻炎のトピックスで、繰り返し書いてきたことをすこし思い出してください。
アレルギー性鼻炎 -アレルギー性鼻炎の飲み薬は正しいか? あなたに合っているか?-
花粉症 -その3- -くしゃみ、鼻水、鼻づまり、一体どうして起こるのか?-
アレルギー性鼻炎の起こり方
ここで、すこし復習です。花粉症などで、抗原と呼ばれるスギ花粉が鼻粘膜に付着すると、次のような反応が進んでいきます。
鼻粘膜下にある肥満細胞の表面には、今までに感作されて血液中につくられたスギ花粉に対するIgE抗体が存在しています。
写真8 肥満細胞 (Mast cell)
細胞質内に多くの顆粒を持っており、顆粒には大量のヒスタミンが貯蔵されています。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Mast_cell
スギ花粉抗原と肥満細胞表面のIgE抗体が結合して、抗原と隣の抗原との架橋が成立すると、肥満細胞の”細胞膜酵素の活性化”が起こって、肥満細胞が脱顆粒して、大量のヒスタミンが細胞外に放出されます。
図21 肥満細胞からの脱顆粒 (degranulation)
1 抗原 2 IgE 3 FcεRI(Fc epsilon receptor 1) 4 ヒスタミン 7 メディエイター(プロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエン、PAF)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Degranulation
図の4が脱顆粒によるヒスタミンの放出、7が細胞膜からのアラキドン酸カスケード反応によって産生された、ケミカルメディエイターです。
細胞膜酵素の活性化は、細胞膜のアラキドン酸カスケード反応を進行させます。細胞膜のリン脂質から、アラキドン酸が遊離して、プロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエン、PAF (血小板活性化因子)などが産生されます。
図22 (図20同) アラキドン酸カスケード反応
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%AD%E3%83%89%E3%83%B3%E9%85%B8%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89
このように、花粉症やアレルギー性鼻炎では、鼻粘膜の肥満細胞からヒスタミン、プロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンなどのケミカルメディエイターと呼ばれる物質が大量に放出されます。それらの物質が、鼻粘膜の神経や血管に働いて、くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどのアレルギー性鼻炎の症状が起こってくるのです。
ヒスタミンとロイコトリエン
ところで、鼻粘膜でアレルギー反応が起きたとき、最も重要な物質は何だったでしょうか。
そうです。ヒスタミンと、ロイコトリエンでした。
肥満細胞から放出されるヒスタミンが三叉神経終末を刺激して、延髄のくしゃみ中枢に伝達され、また神経反射によってくしゃみ発作や、鼻腺細胞からの分泌亢進によって鼻水が大量にでます。
ヒスタミンは、鼻粘膜下の血管にあるヒスタミン受容体と結合して、鼻粘膜血管の血管拡張と血管透過性の亢進を起こします。その結果、鼻粘膜血管を流れる血液量がいっきに増加して、鼻粘膜が充血し、血漿成分が血管内から血管外に漏れ出して、鼻粘膜の容積を著しく増加させるのです。これが、鼻づまりの原因になります。
図23 (図2同) 鼻粘膜 =下鼻甲介、中鼻甲介、上鼻甲介
血流が増えて充血して腫れると鼻づまりを起こします。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Nose
ロイコトリエンは、ヒスタミン遊離時に、肥満細胞の細胞膜のアラキドン酸カスケード反応によって産生されます。ロイコトリエンは、鼻粘膜の小静脈の血管拡張および血管透過性亢進を起こします。
ヒスタミンと同様に、拡張した鼻粘膜血管の血流が増えて、鼻粘膜の腫脹が起こります。さらに血管透過性が亢進することによって、大量の血漿成分の血管外漏出が起こり、鼻粘膜の腫脹(容積増大)がさらにつよくなります。
ヒスタミンとロイコトリエン。この2つが花粉症やアレルギー性鼻炎が発症したとき、鼻粘膜でアレルギー反応を起こす代表的な原因物質です。
肥満細胞から遊離されるケミカルメディエイターのうち、ヒスタミンとロイコトリエンC4は、花粉症やアレルギーの即時型反応(すぐ起こる)の原因となっていて、ロイコトリエンB4とPAFは、遅延型反応(遅れて起こる)の原因になっています。遅延型反応では、ロイコトリエンB4とPAFは、好酸球や好中球などの炎症細胞を鼻粘膜に呼び寄せる、いわゆる遊走因子として働くこともわかっています。ふ
鼻の症状で分けると、ヒスタミンはおもに鼻水とくしゃみを起こし、ロイコトリエンはおもに鼻づまりを起こします。
では、ステロイドは、鼻粘膜でアレルギー反応をどのように抑制しているのでしょうか?
ステロイドの働きは?
花粉症やアレルギー性鼻炎が起こるとき、鼻粘膜で何が起こっているか、についてすこし復習できました。
鍵となる物質、ヒスタミンとロイコトリエンについても、概略の知識は確認できました。
では、ステロイドは、一体どこに作用するのでしょうか。
ステロイドは細胞核の中のDNAに直接作用して、DNAの遺伝情報の一部をmRNAに転写して、抗炎症タンパク質の合成を増やし、炎症性サイトカインの産生を減らすはたらきがあります。ゲノム作用と呼ばれる、DNAを介しての抗炎症作用です。(①)
ステロイドには、そのほかに、肥満細胞の細胞膜でアラキドン酸カスケード反応をブロックして、ケミカルメディエイターの産生を抑制する働きがありました。非ゲノム作用と呼ばれる、DNAを介さない働きです。(②)
すなわち、鼻腔内に合成ステロイドが噴霧されたとき、粘膜下にある、糖質コルチコイド受容体をもつすべての細胞が、ステロイドのこれらの作用を受けることになります。(①, ②)
鼻粘膜はどんな構造?
鼻粘膜、鼻粘膜と言っていますが、鼻粘膜は、一体どんな構造になっているのでしょうか。
鼻粘膜は、呼吸上皮です。鼻という器官は、咽喉頭、気管、気管支、細気管支、肺胞と続いていく、気道(air way)の一部です。
鼻腔粘膜の組織構造は、このようになっています。
写真9 鼻腔粘膜の組織像(多列円柱上皮)
単層の円柱上皮細胞の底辺はすべて基底膜に接しています。(2Dでは多列に見えますが3Dでは単層です。)円柱上皮の頂部には線毛があり、線毛運動を行なっています。円柱上皮の間には、杯細胞(Goblet cell)が存在します。
https://db.kobegakuin.ac.jp/kaibo/his_pp/02/02.pdf(組織写真を転載しています。)
写真10 鼻腔粘膜の組織像(多列円柱上皮)
単層の円柱上皮細胞の底辺はすべて基底膜に接しています。基底膜(↑)は写真では白く抜けています。円柱上皮の頂部には線毛があり、線毛運動を行なっています。円柱上皮の間には、多数の杯細胞(Goblet cell)が存在します。
基底膜の下層には、鼻粘膜の血管や神経がきています。
https://db.kobegakuin.ac.jp/kaibo/his_pp/02/02.pdf(組織写真を転載しています。)
気管粘膜の組織構造は、このようになっています。
写真11 気管粘膜の組織像(多列線毛上皮)アザン染色
単層の線毛上皮の間には、多数の杯細胞(Goblet cell)がはまり込んでいます。赤色が上皮細胞、青色が上皮下組織です。
https://db.kobegakuin.ac.jp/kaibo/his_pp/02/02.pdf(組織写真を転載しています。)
解剖学的に非常に似た構造をしており、鼻腔から気管支まで、1つのAir way になっています。
鼻腔粘膜の構造をわかりやすく、イラストに示します。
図24 鼻腔粘膜の組織構造イラスト
Cilia 線毛 Goblet cell 杯細胞 Basement membrane 基底膜
https://byjus.com/question-answer/briefly-explain-the-structure-and-function-of-ciliated-epithelium-and-glandular-epithelium/
鼻腔粘膜は、粘膜上に粘液層(mucous layer)=鼻腔粘膜から分泌された鼻汁粘液の層があり、鼻腔粘膜の多列円柱線毛上皮を覆っています。
この粘液層は、線毛運動によってベルトコンベアのように常に移動しています。
そのため、鼻腔内に噴霧された合成ステロイドは、まず、この粘液層に溶け込んで、線毛上皮細胞から吸収されます。
粘液層に溶けた合成ステロイドは?
鼻粘膜で何が起こる?
このとき、ステロイドは、鼻腔粘膜の最外層にある、多列線毛上皮細胞の中に吸収されてしまうわけではありません。上皮細胞の隙間をとおって、上皮下の組織に侵入するのです。これは、花粉の抗原やアレルギー性鼻炎のハウスダスト抗原などもすべて同じです。
図25 肥満細胞(イラスト)
細胞内に多数の顆粒をもち、顆粒の中にはヒスタミン、ヘパリンなどを豊富に含んでいます。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Mast_cell
花粉症のとき、花粉抗原が鼻粘膜から粘膜下に侵入して、肥満細胞と出会います。花粉抗原は、まず、花粉に対するIgE抗体と結合して、肥満細胞表面に突き出しているFcεRI 受容体と結合します。
図26 FcεRI receptor 肥満細胞表面に存在
https://en.m.wikipedia.org/wiki/FCER1
図27 FcεRI receptor ⭕️に2つのIgE抗体🟢が結合したところ 抗原(→)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/FCER1
肥満細胞の表面にあるFcεRI receptor に花粉に対するIgE抗体が結合して、2つのIgE抗体が花粉抗原で架橋されると、肥満細胞内で細胞内シグナリングが開始します。
この後、細胞内の反応が進行して脱顆粒(ヒスタミンの細胞外放出)が起こり、細胞膜での反応でアラキドン酸カスケード反応が進行します。
図28 (図21同) 肥満細胞の脱顆粒(degranulation)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Degranulation
粘膜上皮の下、基底膜の内側に肥満細胞が存在します。この肥満細胞にステロイドが作用して、肥満細胞の細胞膜で起きるアラキドン酸カスケード反応を直接ブロックします。
図29 (図20同) アラキドン酸カスケード反応
前回と同じ図です。ホスホリパーゼA2の位置を見てください。細胞膜を構成している”リン脂質”からアラキドン酸が産生される過程がブロックされるのが理解できます。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%AD%E3%83%89%E3%83%B3%E9%85%B8%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89
アラキドン酸が細胞膜のリン脂質から遊離するときにホスホリパーゼA2が働きますが、ステロイドからmRNAを介して産生された抗炎症タンパク質のリポコルチン(*)が、このホスホリパーゼA2の働きを抑制します。そのため、アラキドン酸が遊離できず、したがってアラキドン酸カスケード反応がそれ以上進まないことになります。 *(後述します。)
ステロイドによって強力に抑制されたアラキドン酸カスケード反応はその進行を停止されます。その結果、プロスタグランジン、トロンボキサン(A2)、ロイコトリエン(C4)などのケミカルメディエイターが産生されなくなって、これらの物質によって起こる、アレルギー性鼻炎の進行が抑えられるのです。
図30 (図8同) 合成ステロイドは細胞核内でDNAと反応する。
前回と同じ図です。ステロイドが細胞内に入ってから受容体(GR)と結合し、細胞核のDNAの特定の部位(GRE)に結合して、DNAの”抗炎症タンパク質合成”遺伝子をmRNAへ転写します。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Nuclear_receptor
さらに、ステロイドは、肥満細胞の細胞内に入り込みます。細胞内の糖質コルチコイド受容体(GR)と結合して、肥満細胞の細胞核へと移動します。GRは、肥満細胞の細胞核内のDNAの一部分、糖質コルチコイド反応エレメント(GRE)と結合します。
先に書きましたように、肥満細胞のDNAのうち、抗炎症タンパク質を作る遺伝子配列(塩基配列)の部分だけがmRNAへ転写されます。
mRNAは細胞質へ移動して、リボゾームと結合して、タンパク質合成が始まります。抗炎症タンパク質の大量生産です。
mRNAとリボゾームによって大量生産される抗炎症タンパク質には、リポコルチン(*)(lipocortin)、インターロイキン1受容体アンタゴニスト(interleukin-1 receptor antagonist)、β2受容体、IκBがあります。
* リポコルチンは、先のアラキドン酸カスケード反応で、アラキドン酸の産生を抑制します。
産生された”抗炎症タンパク質”は、肥満細胞内で進行する炎症を強力に抑制します。
インターロイキン1受容体アンタゴニスト(抗体)は、インターロイキン1(IL-1)が細胞膜上の受容体に結合するのを抑制しますので、IL-1による反応を進行させるのを抑制します。
図31 IL-1α リボン構造
図32 IL-1β リボン構造
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%B3-1
IL-1は、じつは、生体内で炎症の発現に最も重要なサイトカインです。IL-1はもともと、内因性発熱物質として発見された経緯があります。マクロファージや好中球から産生されて炎症を進行させる重要な物質なのです。IL-1は、生体内で炎症を強力に進める物質であるNFκBの産生をコントロールしていますので、IL-1の抑制は、このNFκBの産生を強力に抑制します。
図33 IL-1とIL-1受容体、細胞内シグナル伝達とNFκBが産生される反応経路
IL-1はIL-1α、IL-1βの2種類あり、受容体も2つのサブユニットがあります。
IL-1Ra 🔴(🔵丸)はIL-1受容体アンタゴニストです。IL-1α、IL-1βのIL-1受容体(🟢)への結合を阻害します。(図左) NFκB ⭕️
https://www.rs.tus.ac.jp/iwakuralab/theme/il1.html
細胞膜上での、IL-1α、βのIL-1受容体への結合が、抗炎症タンパク質のIL-1受容体抗体(IL-1 Ra)によってブロックされるのですから、IL-1が関与する炎症反応の進行がすべて抑制されて、結果として、NFκB の産生を抑制します。
NFκBは、生体内で、数多くの急性および慢性炎症や細胞増殖、アポトーシスなどの生理現象に関与しています。NFκBが抑制されていないと、がんやクローン病、関節リウマチなどの炎症性疾患が発症するとされています。
このNFκBを抑制することによって、結果的に、鼻粘膜でのアレルギー性炎症が非常に強く抑制されます。
このIL-1 はファミリーを形成しており、IL-1、IL-18、IL-33、IL-36、IL-37、IL-38が同じファミリーにあるとされており、現在、この分野の研究が進められています。
鼻粘膜に噴霧された合成ステロイドは粘膜下に吸収された後、理論的には、肥満細胞だけでなく、細胞内に糖質コルチコイド受容体(GR)を発現しているすべての細胞に作用します。ステロイドは、細胞内受容体と結合することで、肥満細胞と同じプロセスによって、炎症の進行をブロックします。
さらに、鼻粘膜に起こったアレルギー反応で、鼻粘膜に集合した好酸球、好中球が起こしている炎症を、また、多くのアレルギー関連物質による炎症を食い止めます。
したがって、ステロイドの作用によって、鼻粘膜では、いわば、”炎症を抑える働きの循環”が起こるかのような反応がつぎつぎに進行していきます。
これが、ステロイドが鼻腔内に噴霧されたとき、鼻粘膜で起こる反応です。いわば、ほとんどすべてのアレルギー反応を抑制してしまう働きがあると言えます。
ステロイドの力は強力です。数多くの難治性疾患の治療に、ステロイドが使用されて効果を上げるのが、すこしだけ理解できると思います。
基礎医学の説明ばかりでした。しかし、基礎医学で説明できない臨床医学は、ある意味、意味がありません。それは、単に経験的に、臨床効果を見ているだけに過ぎないからです。基礎医学できちんと裏付けがされて初めて、それは体系的な自然科学になります。医学は自然科学だからです。もちろん、経験から学ぶことも多い学問ではありますが。
ステロイドの基本的な作用機序について、基礎医学の知識をくりかえし用いながら、同じく図やイラストを何度も引用して、すこしだけわかりやすく説明したつもりです。とくに重要なところは、一部、重複が多かった点があり、わかりにくかったかもしれません。ご容赦ください。
鼻噴霧用ステロイド点鼻液の優れた効果とその作用機序については、理解できました。
ここからは、純粋に臨床ベースになります。なので、経験値も多く語られます。
現在使用されている点鼻液
先に書きました点鼻液のうち、いくつかの鼻噴霧用点鼻スプレーには、合成ステロイドが含まれています。点鼻液に含まれている合成ステロイドの種類と量は、各種点鼻液によって、少しずつ違っています。また、合成ステロイドを含まない点鼻液も治療に使用されています。
合成ステロイドの種類は、先に列挙しましたが、点鼻液、点鼻スプレーに含まれている合成ステロイドは、ある程度限定されます。
それは、ミスト状にして噴霧できるという条件を満たし、さらに比較的長時間、常温で安定して保存できる、化学変化を起こさない、鼻腔粘膜の粘液層に溶け込む必要があるために水溶性でなければならない、などの条件を満たしていなければならないからです。
さらには、連用による問題点はないか、吸収性についてのデータや副作用の発現など、安全性についても十分な検討が必要です。
現在、国内で認可され、使用されている鼻噴霧型ステロイドは、以下の5つに限定されます。
ベクロメタゾンプロピオン酸エステル
フルチカゾンプロピオン酸エステル
モメタゾンフランカルボン酸エステル水和物
フルチカゾンフランカルボン酸エステル
デキサメタゾンシペシル酸エステル
これらのステロイドは、効果の発現まで1-2日で即効性があり、少量で強い効果を発揮して、ベクロメタゾンプロピオン酸エステル以外は長期間の連用でも全身的な副作用は少ないとされています。
臨床的に使われる場合、薬理学的な効能だけでなく、噴霧時の粘膜刺激性はないか、刺激臭はないか、などの問題や、また噴霧しやすさ、握りやすさ、使用感、レバーを押す力の問題など、デバイスの問題もでてきます。
これは、近年、高齢者の鼻炎が増えているため、筋力のない高齢者が使用する場合に意外に問題になります。
これらの厳しい条件を満たし、さらに臨床的に治験によってアレルギー性鼻炎の患者さんに安全性と効果を認めたステロイドとして、代表的な薬剤を以下に示します。
写真12 現在使用されているステロイド点鼻スプレー
“アレルギー性鼻炎(花粉症を含む)のおもな治療薬 公益財団法人 日本アレルギー協会編 より転載しています。”
https://www.jaanet.org/allergy/pdf/allergy_nose02.pdf
(リノコートパウダースプレー鼻用25μg、およびリノコートカプセル鼻用50μgは、2023年現在、販売終了しています。)
写真13 ステロイド点鼻液以外の点鼻液
第2世代抗ヒスタミン点鼻液 (写真左)
ケミカルメデイエーター遊離抑制点鼻液 (右)
(同上 アレルギー性鼻炎(花粉症を含む)のおもな治療薬 公益財団法人 日本アレルギー協会編)
https://www.jaanet.org/allergy/pdf/allergy_nose02.pdf
これらのステロイド点鼻液、ステロイド以外の点鼻液について、1つ1つ検証していきましょう。これからは、純粋に臨床的な話になります。
アラミスト点鼻液27.5μg 56噴霧用
写真14 アラミスト点鼻液27.5μg 56噴霧用
(GSK グラクソスミスクライン 株式会社)
https://gskpro.com/ja-jp/products-info/allermist/index/allermist-120-img/
写真15 アラミスト点鼻液27.5μg120噴霧用(GSK)
https://gskpro.com/ja-jp/products-info/allermist/index/allermist-120-img/
120噴霧用も発売されています。
薬剤添付文書: https://gskpro.com/content/dam/global/hcpportal/ja_JP/products-info/allermist/allermist.pdf
写真16 フルチカゾンフランカルボン酸エステル点鼻液27.5μg「武田テバ」56噴霧用 120噴霧用 (オーソライズド・ジェネリック)
言わずと知れた、市場占有率の高い鼻噴霧用ステロイド点鼻液です。小児から高齢者まで、幅広く使用されています。グラクソスミスクライン社製です。武田テバからは、オーソライズドジェネリック製品が出ています。
有効成分となる合成ステロイドは、フルチカゾンフランカルボン酸エステル、です。これは、最新の吸入ステロイド喘息治療薬(ICS)である、レルベア、テリルジーなどにも含有されている合成ステロイドです。その効果は十分に検証されています。
理由には諸説ありますが、点鼻ステロイドが眼の症状(花粉症の眼のかゆみ)にも効果が認められたと話題になりました。
噴霧される液は非常に細かいミスト状になるため、鼻粘膜の刺激感は強くなく、使用に抵抗感はありません。横型のレバーも押しやすく、握りやすくなっていますが、ミスト状に噴霧するためのレバーの抵抗は高齢者にはすこし強い場合もあるかもしれません。実際に使用してみますと、シューっと鼻腔内に広く噴霧されている感触があります。
成人で1日1回、1鼻腔に2噴霧ずつ、左右で4回噴霧します。1噴霧が27.5 μgです。56噴霧タイプでは、14日でなくなりますので、1ヶ月に2本使用します。
2歳以上12歳以下の小児では、1回1噴霧で成人の半分量です。1ヶ月に1本使用します。
一般に鼻噴霧用ステロイド点鼻液は、2歳または3歳から使用可能となっています。(ナゾネックスは3歳から) これは、鼻噴霧用ステロイド点鼻液が、局所吸収性に優れており、全身への影響がほとんど無視できるレベルであることの証拠です。これについては、後述します。
図34 GSK (グラクソスミスクライン)のHPに患者さん向けの製品情報の記載があります。
https://jp.gsk.com/media/7455/allermist-guide_202106.pdf
ナゾネックス点鼻液50μg56噴霧用
写真17 ナゾネックス点鼻液50μg56噴霧用
(キョーリン)
https://www.kyorin-pharm.co.jp/prodinfo/medicine/details/products002321/
薬剤添付文書: https://www.kyorin-pharm.co.jp/prodinfo/medicine/pdf/a_nasonex.pdf
多く使用されている鼻噴霧用ステロイド点鼻液です。112噴霧用も、発売されています。
写真18 ナゾネックス点鼻液50μg112噴霧用
(キョーリン)
https://www.kyorin-pharm.co.jp/prodinfo/medicine/details/products002320/
薬剤添付文書: https://www.kyorin-pharm.co.jp/prodinfo/medicine/pdf/a_nasonex.pdf
アラミストと同じく、鼻噴霧用ステロイド点鼻液です。有効成分の合成ステロイドは、モメタゾンフランカルボン酸エステル、です。
成人で1日1回、1鼻腔に2噴霧ずつ、左右で4回噴霧します。1噴霧が50 μgです。56噴霧タイプでは、14日でなくなりますので、1ヶ月に2本使用します。
3歳以上12歳以下の小児では、1回1噴霧で成人の半分量です。1ヶ月に1本使用します。
縦押しのスライド型スプレーです。指を立てて挟んで押すため、高齢者にはすこしやりにくい感があるかもしれませんが、慣れるとどうもないのかもしれません。使用感は、スプレー状の薬液が鼻腔の奥まで噴霧されます。アラミストと比較すると、噴霧粒子はやや大きいのか、強い圧で押されて噴霧される抵抗を感じます。
実際に使用してみますと、ジューっと鼻腔粘膜に強く噴霧されるのを実感します。粒子の大きさに関係なく、噴霧圧が強いため、鼻腔のかなり奥まで広く噴霧される感じはあります。薬が粘膜に強く当たる感じが満足感を感じる患者さんもいらっしゃるようです。
モメタゾンフランカルボン酸エステル水和物はバイオアベイラビリティー(投与された薬剤量のうち、血液中に吸収されて利用される割合、パーセンテージ)が、鼻噴霧用ステロイド点鼻液中で最も低く、0.2%です。全身の副作用については、ほとんど無視できると考えられます。
モメタゾンフランカルボン酸エステル水和物のステロイド効果については、非常に高く、定評があります。
エリザス点鼻粉末200μg28噴霧用
写真19 エリザス点鼻粉末200μg28噴霧用(日本新薬)
http://docode-kaeru.net/elizas_nasal_powder_commercial/
薬剤添付文書: https://med.nippon-shinyaku.co.jp/product/erizas_tenbi/doc/doc_erizas_tenbi/
非常にユニークな点鼻粉末薬です。鼻噴霧用の粉末ステロイド薬です。液体でないため、鼻粘膜の刺激感がなく、使用に抵抗がありません。ただ、噴霧した時の刺激があまりにないため、使用感が少ないと言われる患者さんもおられるようです。
しかし、効果は非常に優れています。粉末中にカプサイシンエキスとカプサイシノイドを含有している、唯一の点鼻粉末であり、鼻づまりに効果があるだけでなく、抗菌作用も認めます。粉末のため、喘息の吸入治療薬と同じように、吸入によって鼻腔の奥まで到達し、優しく鼻粘膜に振りかけられます。粉末ですので、鼻粘膜の粘液層にすぐに溶けて有効成分が働きます。使用時には、鼻腔から吸入したあと、鼻から空気を吹き出さないように注意が必要です。喘息の吸入治療薬と同様に、鼻から吸ったあと、いったん息を止めるとパウダーが漏れ出ません。
1回分の粉末の噴霧量を正確にカウントするために、回転式ボトルになった部分をくるっと回してトントンと底を叩いて、粉末を計り取る設計がなされています。初め少し戸惑うかもしれませんが、すぐに使用に慣れます。喘息の吸入治療薬と同じ仕組みです。日本新薬のHPには、使用方法の動画が出ています。
有効成分のステロイドは、デキサメタゾンシペシル酸エステル、です。デキサメタゾンですので、ステロイド効果は十分高いことが示されています。
ステロイド効果は、非常に高いのですが、バイオアベイラビリティーがやや高く14%のため、7日を超えての連続使用については、年齢や体重によっては、いったん休薬する必要もあります。また、小児に対しては、3歳以上に使用となっています。
防腐剤が一切入っておらず、添加物についてのアレルギーや体への蓄積等については、まったく心配がいりません。
成人で1日1回、1鼻腔に1噴霧ずつ、左右で2回噴霧します。1噴霧が200 μgです。28噴霧用ですので、14日分でなくなりますが、
写真20 エリザス点鼻粉末200μg28噴霧用を噴霧したときに粉末が噴出される画像
https://med.nippon-shinyaku.co.jp/product/erizas_tenbi/use.php
ボトルは非常に軽く、携帯も便利です。噴霧時もボトルの腹の部分を押すだけですので、指の力のない高齢者にも最適です。くわえて、液体のように薬液が咽喉頭へ流れていく刺激感が少ないため、喉の敏感な方にも使用しやすいと思います。写真は、日本新薬のホームページ記載のもので、ボトルを押したときに粉末が十分に噴霧されていることを示しています。これは噴霧した使用感が薄くて薬剤粉末が入っていないと誤解されないように、とのことかもしれません。それだけ刺激が少ないということです。
フルナーゼ点鼻液50μg 28噴霧用
写真21 フルナーゼ点鼻液50μg 28噴霧用(グラクソスミスクライン株式会社) https://gskpro.com/ja-jp/products-info/flunase/index/flunase_nas-img/
写真22 フルナーゼ点鼻液50μg 56噴霧用(グラクソスミスクライン株式会社)
https://gskpro.com/ja-jp/products-info/flunase/index/flunase_nas_funm-img/
薬剤添付文書: https://gskpro.com/content/dam/global/hcpportal/ja_JP/products-info/flunase/flunase_nas.pdf
GSK(グラクソスミスクライン株式会社)が、アラミストの前に販売していた、鼻噴霧用ステロイド点鼻液です。発売当時、世界的なシェアを獲得していました。
有効成分のステロイドは、フルチカゾンプロピオン酸エステル、です。ステロイドの効果は十分に高く、実証されています。
成人で1日2回、1回で1鼻腔に1噴霧ずつ、噴霧します。1噴霧が50 μgです。1日4噴霧必要なため、28噴霧用では、1週間でなくなります。56噴霧用では、2週間です。
使用した感じは、噴霧された点鼻液の粒子がやや大きいためか、局所に固まって噴出される印象がありましたが、ステロイド効果は高かったため、いまだ人気の高い鼻噴霧用ステロイド点鼻液です。鼻腔の奥までしっかり届く噴霧型です。
小児用が発売されています。
写真23 小児用フルナーゼ点鼻液25μg 56噴霧用(GSK)
https://gskpro.com/ja-jp/products-info/flunase/index2/flunase_nas_child25-img/
薬剤添付文書: https://gskpro.com/content/dam/global/hcpportal/ja_JP/products-info/flunase/flunase_nas_child25.pdf
小児で1日2回、1回で1鼻腔に1噴霧ずつ、噴霧します。1噴霧が25 μgです。1日4噴霧必要なため、28噴霧用では、2週間でなくなります。 鼻噴霧用ステロイド点鼻液では、唯一、小児用が販売されています。
同社からアラミストが発売されたため、全体としての使用量は減っています。
リノコートパウダースプレー25μg
写真24 リノコートパウダースプレー25μg(帝人)
2023年現在、販売中止となっています。同一有効成分(ベクロメタゾンプロピオン酸エステル)で、後発品として数社から販売されています。
https://www.triple-farm.com/sg/item/detail?item_prefix=TF&item_code=010915&item_branch=001
有効成分のステロイドは、ベクロメタゾンプロピオン酸エステル、です。
ベクロメタゾン鼻用パウダー 25μg「トーワ」
写真25 ベクロメタゾン鼻用パウダー 25μg「トーワ」
製造販売元:東和薬品株式会社
https://med.towayakuhin.co.jp/medical/product/product.php?id=00000000000000000000545
薬剤添付文書: https://med.towayakuhin.co.jp/medical/product/fileloader.php?id=37862&t=0
有効成分ステロイドは、ベクロメタゾンプロピオン酸エステル、です。
他の後発品:
ベクロメタゾン点鼻液 50μg「CEO」
製造販売元:セオリアファーマ株式会社
販売:武田薬品工業株式会社
ベクロメタゾン点鼻液 50μg「DSP」
製造販売元:東興薬品工業株式会社
販売元:大日本住友製薬株式会社
ベクロメタゾン点鼻液 50.μg「サワイ」
製造販売元:沢井製薬株式会社
リノコートカプセル鼻用50μg
写真26 リノコートカプセル鼻用50μg
https://6yaku.com/rhinocort/
1カプセル中のベクロメタゾンプロピオン酸エステル50μgを専用のパブライザーを使用して吸入します。
2023年現在、販売終了となっています。
ステロイド点鼻液の特徴
2023年現在、使用されているおもな鼻噴霧用ステロイド点鼻液について、書いてきました。
鼻アレルギー診療ガイドライン2020年版(改訂第9版)では、「鼻噴霧用ステロイド薬の特徴」として、
① 効果は強い。
② 効果発現は約1〜2日。
③ 副作用は少ない。
④ 鼻アレルギーの3症状に等しく効果がある。⑤ 眼症状にも効果がある。
の5つが記載されています。
有効成分となる各種の合成ステロイドの違いはありますが、ステロイドの効果については、正直なところ、どれも非常に高い効果を示します。そのため、どのステロイド点鼻液が優れているか、ほとんど差がないようにも感じます。
元来、ステロイドという薬剤そのものが非常に強い薬理作用を示す薬だということが、大きく関係しているように思っています。(私見です。)
実際の効果には、微妙に差があるのかもしれませんが、少なくとも使用している医療関係者にとっては、比較するにも、点鼻液を使用する1人1人が年齢、性、体重も違い、個人によって花粉症やアレルギー性鼻炎の重症度やタイプも違っているために、単純な比較が非常に難しくなっています。
“今回は、ステロイド点鼻液についてのみ書いています。血管収縮薬については、紙面の関係で同時に書けませんでした。後日あらためて、書こうと思います。”
薬局でも買えますか?
OTCとして認可されていない合成ステロイドが入っている点鼻液は、基本的に薬局では買えません。
現在、OTCとして販売可能なステロイド点鼻液は、いくつかあります。
* OTC = Over The Counter (カウンター越しに)、転じて薬局のレジで購入できることの意味。
市販の点鼻液に配合可能な合成ステロイドは、現在のところ、「ベクロメタゾンプロピオン酸エステル」と「フルチカゾンプロピオン酸エステル」が代表的です。
ベクロメタゾンプロピオン酸エステルは、「リノコートパウダースプレー鼻用25μg」、「リノコートカプセル鼻用50μg」と同一です。
フルチカゾンプロピオン酸エステルは、「フルナーゼ点鼻液 50μg56噴霧用」の成分と同一です。
これらはスイッチOTCと呼ばれるもので、以前は医師の処方箋が必要であった医薬品が、処方箋なしでも薬局やドラッグストアで購入できるようになった薬のことを言います。
市販の点鼻液すべてを検証するのは、非常に大変な作業になりますが、代表的なステロイド点鼻液を掲載します。
ナザール αAR 0.1% 10mL (Sato製薬)
写真27
ベクロメタゾンプロピオン酸エステル(リノコートの成分)が配合されています。
ナザール「スプレー」30mL(Sato製薬)
写真28
ちなみに、同じナザールでも、こちらは合成ステロイドが入っていません。
代わりに、クロルフェニラミンマレイン酸塩(抗アレルギー薬)が配合されています。
AG アレルカットEXc クールタイプ
(第一三共ヘルスケア)
写真29
ベクロメタゾンプロピオン酸エステルが配合されています。
外箱に記載がある、アンテドラッグステロイドとは、炎症部位への効果が高く、有効性と安全性を考えて設計された薬です。炎症部位では抗炎症作用がはたらき、体内では分解されて、すみやかに代謝されるため、安全性が高いのが特徴です。
コールタイジン点鼻液 a 15 mL
(ジョンソン・エンド・ジョンソン)
写真30
市販薬には珍しく、プレドニゾロンが配合されています。
薬局の点鼻薬も、非常に効果の高いものは、たくさんあります。要は、ご自分の症状にあった点鼻液を見つけて購入することだと思います。
抗アレルギー薬が配合された市販の点鼻液は、非常に多くあります。ここですべてをご紹介できませんが、薬局で買うとき、薬品の外箱には、成分が表示されています。ご自分でお確かめになるか、または薬剤師の方に、直接お尋ねになるともっと良いと思います。
鼻噴霧用ステロイド点鼻液とは何なのか?
鼻噴霧用ステロイド点鼻液のアレルギー性鼻炎に対する優れた効果とその理由が、よく理解されました。
鼻噴霧用ステロイド点鼻液とは、結局、何なのでしょうか。
一言で言うなら、
“最も簡単に、副作用がなく、鼻炎症状を劇的に改善することができる、優れた点鼻液”
であると言えます。これは、我々が日常の診療に使うための条件をすべて満たしています。
もし、あなたが…
もし、あなたが花粉症なら、もし、あなたが重症の鼻炎なら、鼻水、鼻づまりでいつも悩んでいるなら、この、鼻噴霧用ステロイド点鼻液があります。ぜひ、かかりつけの耳鼻咽喉科医を訪ねて、頼んでみてください。
ステロイドの点鼻液をください。
と。あなたの主治医が、きっと、あなたに最適な点鼻液を処方してくださると思います。
点鼻液は、つよい味方…。