初期治療という言葉を聞いたことがありますか? これは、花粉症の治療で、花粉症の症状が出る前から前もって治療を始めておくことです。
通常では、病気になってから、または、何らかの症状があってから病院や診療所に行きますが、初期治療はそうではありません。
何もない時から、花粉症に備えておくのです。感覚的には何となく、”そうか、薬を飲んでおけば、症状が出にくいのかな? 出ても軽くてすむのかな?” となりますが、じつは、すこし深い事情があるのです。
ところで、現在行われている花粉症治療には、じつはいくつかの問題点があります。花粉症の治療について考えるとき、診療ガイドラインに沿った一概の治療方針だけでなく、花粉症の患者さんひとりひとりの病態を確認した上でのオーダーメイドの治療が求められます。
今回は、花粉症シーズンの到来に先立って、現在の花粉症治療の問題点もすこしだけ明らかにしながら、花粉症の初期治療について、専門的な知識も入れて解説したいと思います。
花粉症はなぜ起こる?
そもそも、花粉症はどうして起こるのでしょうか。今まで、何度も書いてきましたので、内容が重なる詳しい説明は省略させていただきますが、ここで簡単な説明だけすると…
花粉が鼻の粘膜に付着して(①)、体内ですでにできていた、花粉抗原に対する抗体と結合して(②)、肥満細胞からヒスタミンが大量に放出されます(③)。また、肥満細胞の細胞壁で反応が起きて、ロイコトリエンなどのケミカルメディエイターと呼ばれる物質が産生されます(④)。
主として、このヒスタミンとロイコトリエンが、くしゃみ、鼻水、鼻づまりを起こします(⑤)。
肥満細胞の脱顆粒(Degranulation)
肥満細胞から、ヒスタミン(赤い粒)が放出される。(=脱顆粒、緑丸🟢)
⭕️Allergen 花粉アレンゲン
🔵花粉に対するIgE抗体
水色 花粉のIgE抗体が結合する肥満細胞表面のFc 受容体
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Type_I_hypersensitivity
肥満細胞表面にあるFc 受容体に花粉に対するIgE抗体が2個並んで結合して、その2つの抗体を花粉のアレルゲン(抗体)が橋渡しをしたとき、肥満細胞のスイッチがオンになり、細胞内に貯蔵されていた大量のヒスタミンが細胞外に放出されます。(脱顆粒) 同時に、細胞膜の成分から、ロイコトリエンなどのケミカルメデイエーターが産生されます。
ここでは、”花粉が鼻から入ってきて、花粉の抗原が体内の抗体と結合して、肥満細胞からヒスタミンとロイコトリエンが産生されて、花粉症が起こる” 、とだけ理解していただくと良いと思います。
花粉症やアレルギー性鼻炎がどのように発症するのか、詳しく理解したい方は、こちらをお読みください。
アレルギー性鼻炎 -アレルギー性鼻炎の飲み薬は正しいか? あなたにあっているか?-
花粉症 -その3- くしゃみ、鼻水、鼻づまり、一体どうして起こるのか?
くしゃみ -くしゃみはなぜ出るのか?- -くしゃみの神経反射とそのメカニズム-
花粉症は、いくつある?
実際に花粉症を起こすと言われる花粉は、60種類あると言われます。私たちがふだん遭遇する花粉症は多くが、スギ花粉症、ヒノキ花粉症、ブタクサ花粉症、などです。
花粉症にはそのほか、5月頃の、ハルガヤ、カモガヤなどイネ科の花粉症(*)、9月から10月の、ブタクサ花粉と同じキク科のヨモギ花粉症、アキノキリンソウ、セイタカアワダチソウの花粉症、アサ(麻)科のカナムグラ花粉症、などが有名です。
* イネ科花粉症には、ほかに、ホソムギ、ネズミムギ(イタリアンライグラス)、オオアワガエリ、ススキ、などが有名です。
イネ科花粉症は、地域によって差がありますが、通常、4月から10月くらいまで、1年の半分にわたって起こります。スギ花粉症に気を取られて、なかなか気がつかないこともありますので、花粉症が終わっても症状が良くならない方は、検査をした方が良いかもしれません。
最も患者さんが多いスギ花粉症は、2月から4月頃が最盛期ですが、じつはスギ花粉症は、10月、11月くらいからすでに鼻症状が出る方がいて、12月、1月も花粉症の症状で受診される方も珍しくありません。
同じように、ヒノキ花粉症は、最盛期は3月から5月頃ですが、4月になると、前述のイネ科花粉症が始まり、10月まで続きます。この間、夏の暑い時期は、多少、鼻症状が緩和されますので、症状が気にならないこともあるかもしれません。
ヒノキ花粉症、イネ科花粉症に重なって、4月、5月になると、イチョウ、ケヤキ、マツ、コナラ、などの普段はあまり見かけない花粉症も起こります。これらの花粉症は、数は多くありませんが、育った環境など、家の近くにイチョウの林、マツ林があったり、欅(けやき)の木が多く生えている環境などで、しだいに”感作される”ことが考えられます。
こう見てみると、花粉症は、ほとんど1年中あることになって、そのうちいくつかの花粉症をもっている方にとっては、ハウスダストなどの通年性鼻炎と変わらない治療が必要になることがわかります。
花粉症は、花粉飛散の時期だけでなく、地域によっても違います。そのため、花粉飛散のタイムテーブルは、あたかもカレンダーの様相を呈します。これを、花粉カレンダーと呼んでいます。
花粉症の治療
花粉症の治療については、病院やクリニックなど多くのサイトで、みなさん、すでにご覧になっていると思います。そこで、一般的な治療については、多くをご説明する必要はないと思います。
一般的に、花粉症の治療は、抗ヒスタミン薬の内服と鼻噴霧用ステロイド薬の使用が中心です。抗ヒスタミン薬と併用する抗アレルギー薬の選択や、最重症型への点鼻用血管収縮薬*の追加使用など、花粉症の重症度に応じて、オプションが追加されますが、治療の基本は変わりません。
*
血管収縮薬 -なぜ劇的に効くのか?- -鼻づまりをとる最高の薬-
具体的な治療方法については、日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会から、診療ガイドラインが出ていますので、詳しくご覧になりたい方は、直接見に行くのも良いかと思います。
2023年版 鼻アレルギー診療ガイドライン -通年性鼻炎と花粉症- (日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会、他編)
花粉症の治療の問題点は?
しかし、診療ガイドラインには記載されていますが、一般的な花粉症治療についての多くの説明の中では、あまり話題にされていないことがあります。それは、鼻中隔彎曲症、鼻茸、通年性アレルギー性鼻炎の3つです。
花粉症の治療は、標準的な治療を行っても、この3つの病態のうち、少なくとも1つ、または2つ以上あると、治療が時として非常に困難になります。じつは、これが、実際の花粉症の治療では、非常に問題になるのです。
鼻中隔は、左右の鼻腔を分けている骨と軟骨の仕切り板です。これが左右のどちらかに大きく彎曲(わんきょく)していると、その側の鼻腔が極端に狭くなって、鼻腔通気が悪くなります。とくに、花粉症で左右の下鼻甲介がぱんぱんに腫脹しているときは、骨の彎曲や突出があると、じゅうぶんに花粉症の治療を行ったとしても、当然、彎曲側の鼻腔がなかなか通りません。
ハウスダストやダニなどの通年性鼻炎があるときも、同じです。花粉症には、花粉症単独の鼻炎と、花粉症に通年性鼻炎が合併したタイプがあります。
前者は、純粋な季節性鼻炎で、鼻症状は花粉の時期が中心ですから、ふだんは鼻づまりなどはあまり気になりません。そのため、花粉症の時期にしっかり治療することで、花粉症の症状をコントロール可能です。
しかし、花粉症に通年性アレルギー性鼻炎を合併しているタイプでは、1年を通して、ハウスダスト、ダニなどの鼻炎が起こっていますから、普段から鼻づまりや鼻水が多く、基本的に1年を通してアレルギー性鼻炎の治療が必要になります。すでにアレルギーが起こっているその状態で花粉症に突入するわけですので、花粉症の時期は、ハウスダストの鼻炎と花粉症による鼻炎が同時に起こるため、より強力な花粉症治療を行っても、なかなか鼻症状をじゅうぶんには改善できません。
このような重症の花粉症には、レーザー治療や、内視鏡手術などの外科的治療が必要になることがあります。
もう1つ、副鼻腔炎の合併です。副鼻腔炎だけでは、ひどい鼻づまりにはなりにくいですが、副鼻腔炎が高度になった場合、また好酸球性副鼻腔炎の場合などは、鼻腔内に多発性の鼻茸(はなたけ)ができます。鼻茸とは、鼻の中にできる柔らかい良性のポリープのことです。鼻腔内に鼻茸ができると、鼻腔の通気の空間をポリープが塞ぎますので、鼻づまりが起こります。さらに、鼻茸は内服治療で劇的には小さくなりません。花粉症があると、ただでさえ大きく腫れた下鼻甲介粘膜が鼻腔を塞いでいますので、鼻茸があると、鼻づまりはさらにひどくなります。もちろん、薬や点鼻液も効きにくくなります。
高度の鼻中隔彎曲症や鼻茸(ポリープ)については、内視鏡手術による症状改善が望ましい場合があります。また、花粉症だけでなく、通年性アレルギー性鼻炎があり、1年中鼻づまりがひどく、薬が効かない方などに対しては、アレルギー性鼻炎に対する内視鏡手術などを考慮することがあります。
いずれの場合も、患者さんひとりひとりについて、慎重に考える必要があります。
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それでは、薬の効かない、または薬が効きにくい、難治性の花粉症に対しては、一体どうすれば良いのでしょうか。
もちろん、先に書きましたように、高度の鼻中隔彎曲症や鼻茸には、鼻中隔矯正術や内視鏡下副鼻腔手術(ESS)などの手術治療も選択肢に入ります。また、通年性アレルギー性鼻炎を合併していて1年中、鼻水鼻づまりが治らない患者さんには、下鼻甲介の手術やアレルギー性鼻炎の手術が必要になることがあります。
鼻中隔矯正術
内視鏡下副鼻腔手術(ESS)
下鼻甲介の手術
アレルギー性鼻炎の手術
でも、とにかく忙しい時代ですから、仕事もすぐには休みが取れず、すぐに手術治療を選択するのは難しいことがほとんどです。そんなとき、今までの通院治療で何とか花粉症の季節を乗り切るためには、どうすれば良いでしょうか。何か工夫はないでしょうか。
1つあります。それは、初期治療と呼ばれているものです。原理はすごく簡単です。花粉症が始まるすこし前から、治療を始めておくのです。たったそれだけなのですが、花粉症の症状をかなり軽くする効果があることが証明されています。多くの報告で、花粉症の鼻症状が始まる前から治療を開始したグループと、花粉症の症状が始まってから治療を開始したグループを比較すると、前者の方が明らかに鼻症状が軽くてすんだ、という報告が出されています。
初期治療とは?
初期治療とは、具体的にどのような治療でしょうか。特別なことは必要ありません。花粉飛散の2週間前に、かかりつけの耳鼻咽喉科医を受診してお薬をもらうだけです。まだ花粉症の症状が出ていない段階でお薬を飲み始めるのです。すこし勇気がいるかもしれません。そのうち行こうと思っても、症状が全くないとなかなか受診できないかもしれません。それでも、薬を貰ってください。そして、何も症状がないのに、薬を飲んでください。ただそれだけです。それだけで、ある日突然、花粉が大量に飛散して、一気に花粉症の症状が出現するのを、止めることはできなくても、少なくとも症状を軽くすることができるのです。
でも、どうして初期治療なの?
初期治療が花粉症の症状を軽くしてくれることは、わかりました。でも、どうして初期治療は、効果があるのでしょう。症状が出ても軽くてすむのでしょう。その理由は、すこしだけ深いところにあります。
そもそも花粉症は、どのようにして、症状が出るのでしょう。肥満細胞から、ヒスタミンとロイコトリエンが放出されて、下鼻甲介の粘膜で悪さをするところまでは、理解しました。ヒスタミンとロイコトリエンのうち、最も花粉症の症状を起こすのは、ヒスタミンです。そのため、花粉症の飲み薬は、ほとんど、抗ヒスタミン薬が主流になっています。それでは、抗ヒスタミン薬は、どうして効くのでしょう。それは、ヒスタミンがヒスタミン受容体に結合するのをブロックするから、なのです。
ヒスタミン受容体
肥満細胞から放出されたヒスタミンが、くしゃみ、鼻水、鼻づまりの花粉症の症状を起こすためには、ヒスタミンH1受容体に結合することが必要です。このヒスタミンH1受容体は、下鼻甲介粘膜を走る血管の、血管内皮細胞や血管平滑筋にあり、血管拡張や血管透過性の亢進を起こします。このヒスタミンH1受容体にヒスタミンが結合して、花粉症の症状を起こすのです。
下鼻甲介粘膜の粘膜上皮の間、および粘膜下には、SP、CGRP陽性の知覚神経がたくさん分布しています。この知覚神経終末に、ヒスタミンが作用すると、この神経刺激が脳幹の延髄に伝わり、延髄からの呼吸反射で、くしゃみを連発します。
さらに、同じSP、CGRP陽性の知覚神経終末からの神経刺激が延髄に伝達されて、延髄からの副交感神経反射で放出されたアセチルコリンが下鼻甲介粘膜の鼻腺(びせん)細胞に働いて、鼻腺から大量の鼻水が分泌されます。
これが、花粉症で起こる、くしゃみ、鼻水の理由です。鼻づまりは、すこし別になります。
ヒスタミンによる血管拡張作用によって、下鼻甲介血管の血管内容積が増えますが、血管拡張作用は、じつはロイコトリエンの方が大きく、ロイコトリエンの血管拡張作用によって、下鼻甲介血管容積は劇的に増大します。ヒスタミン、ロイコトリエンともに血管透過性亢進の作用をもっていて、下鼻甲介血管の血漿成分の一部は、血管外の組織に貯留します。これも、下鼻甲介の腫大の原因になります。
ロイコトリエンは、肥満細胞からヒスタミンが脱顆粒するときに、同時に、細胞膜のリン脂質から作られます。そのため、ヒスタミンがヒスタミンH1受容体に結合するのをブロックすれば、ロイコトリエンの産生も減ります。したがって、花粉症の治療は、ヒスタミンの働きをブロックすること、なのです。
この、ヒスタミンの働きをブロックする薬が、抗ヒスタミン薬です。抗ヒスタミン薬は、ヒスタミンがヒスタミンH1受容体に結合するのをブロックします。
そのブロックの方法は、基本的には、ヒスタミンよりも先に受容体に結合してしまってヒスタミンが結合できなくする、方法です。簡単に言えば、椅子取りゲーム。しかし、実際はもうすこし複雑です。
ここで、ヒスタミンが、ヒスタミン受容体に作用する(結合する)とき、どんな反応が起こるのか、知る必要があります。
受容体って?
まず、受容体について、知ってください。
受容体とは、細胞が、生体内外の物質に反応するとき、それを受け取る、窓口です。受容体は、タンパク質の塊でできています。(生体内のほとんどの物質は、タンパク質からできています) 受容体には、細胞膜上にある「膜受容体」と、細胞内にある「細胞内受容体」がありますが、ほとんどの受容体は、膜受容体です。
細胞膜上のタンパク質
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E8%83%9E%E8%86%9C
細胞膜は、二重のリン脂質で構成された、動きのある膜です。その中に、受容体は、膜を貫通しながら浮かんでいます。受容体は、イオンチャネル、Gタンパク質共役受容体(GPCR)、酵素連結型受容体などがあります。体内の多くの受容体が、Gタンパク質共役受容体(GPCR)で、ヒスタミンH1受容体も、これです。
細胞膜上のGタンパク質共役受容体(GPCR)
細胞膜を7回貫通して細胞膜に固定しています。(番号1-7)
NH3+ は細胞外、COO- は細胞内にあります。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/G_protein-coupled_receptor
ヒスタミンH1受容体も、細胞膜上に浮かぶ、Gタンパク質共役受容体(GPCR)です。
人のGタンパク質共役受容体(GPCR)は800種類以上あると報告されていて、約半数は匂いに関する嗅覚受容体と言われています。まだ、よく解明されていない受容体もあります。
受容体と受容体に結合する分子(リガンドと言います)は、鍵と鍵穴の関係です。すなわち、一つの鍵が、一つの鍵穴だけを開けることができるように、ヒスタミンは、ヒスタミンだけが結合できる受容体、=ヒスタミンH1受容体をもっています。
実際には、生体内には、複数のリガンド(受容体に作用する物質)が結合する受容体は、いくつもあるのですが、ここでは、理解しやすいように、1対1の反応として説明します。
受容体(receptor)とリガンド(ligand)の結合
🔴、🔺 リガンド
🟪 受容体
🟩 細胞内メッセンジャー(伝達物質)
1 細胞外 2 細胞膜 3 細胞内
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93
このように、リガンドが、受容体に結合すると、細胞内では、セカンドメッセンジャーと呼ばれる物質が、細胞内に変化を伝えます。多くのリガンドは、細胞内まで勝手に入っていけませんから、伝令を託すのです。駅伝の襷(たすき)と考えると良いと思います。受容体にリガンドが結合すると、受容体は活性化してヒスタミンの作用が細胞内に伝わっていきます。
ヒスタミン受容体は、Gタンパク質共役受容体(GPCR)ですので、受容体の細胞内にあるGタンパク質(α、β、γの3つのサブユニット)が変化して、細胞内シグナル伝達が進行します。
細胞内では、cyclic AMP シグナルパスウェイとPhosphatidylinositol (フォスファチジルイノシトール)シグナルパスウェイが進行して、細胞内にヒスタミンの作用が発現されます。(これは、無視してください。)
すこし基礎医学の話題になりましたが、要点は、ヒスタミンとヒスタミンH1受容体は、鍵と鍵穴の関係にあって、鍵穴である受容体にヒスタミンが結合することで、ヒスタミンH1受容体が活性化して、ヒスタミンの作用が現れる、ということになります。
では、ヒスタミンの働きをブロックするには、どうすれば良いでしょう。単純に鍵穴を塞げば良いですね。でも、受容体を塞ぐには? そうです。何か他の「似たもの」で塞いでしまえば良いのです。その、ヒスタミンの代わりに受容体を塞ぐ物質が、抗ヒスタミン薬です。
簡単に言えば、椅子取りゲームです。抗ヒスタミン薬が受容体に結合していれば、受容体には、ヒスタミンが結合できませんから。
活性型と不活性型?
じつは、ヒスタミン受容体には、活性型の受容体と、不活性型の受容体があることが、知られています。そして、活性型の受容体と不活性型の受容体は、互いに行き来して、平衡状態を保っています。
活性型受容体 ←→ 不活性型受容体
活性型の受容体は、ヒスタミンが放出されていない時でも、細胞内にシグナルを送り続けています。これは、とても重要なことです。花粉症によるアレルギー反応がまだ起きていないのに、活性型のヒスタミン受容体は、もうすこしだけ興奮しているのです。言い換えると、活性型の受容体は、スイッチオンの状態、不活性型の受容体は、スイッチオフの状態です。この活性型受容体から出されるシグナルを、内在性シグナルと呼んでいます。
ヒスタミンがない時でも、活性型受容体からすこしずつ出ている内在性シグナルのおかげで、細胞のDNAのヒスタミンH1受容体遺伝子発現が維持され、細胞膜のヒスタミン受容体の数は一定に保たれています。
花粉症が起こって、ヒスタミンが放出されると、活性型受容体にヒスタミンが結合して受容体をさらにスイッチオンの状態にします。これは、ヒスタミンによる細胞内シグナルの発現を意味するので、先のスイッチオンとはすこし違います。ヒスタミンが受容体に結合しておこる、血管拡張や血管透過性の亢進などの、急激なアレルギー反応です。
また、不活性型の受容体にヒスタミンが結合することで、受容体が活性化して、スイッチがオンに切り替わります。例えると、活性型、不活性型を問わず、すべての受容体が一気に発火したイメージです。
インバースアゴニスト?
花粉症の治療に用いられる、抗ヒスタミン薬には、ニュートラルアンタゴニストと、インバースアゴニストがあります。
アンタゴニストは拮抗薬です。遮断薬、ブロッカーとも呼ばれます。受容体に結合することで、単純に受容体に結合させなくする薬剤です。アゴニストは作動薬です。受容体に結合して、プラスの働きをします。
インバースアゴニストは、受容体逆作動薬と訳されます。受容体に結合すると、マイナスの働きをします。
ニュートラルアンタゴニスト(neutral antagonist)🟢、インバースアゴニスト(inverse agonist)🔴
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Inverse_agonist
ニュートラルアンタゴニストは、先の椅子取りゲームと全く同じです。H1受容体を物理的に占拠しますので、活性型も、不活性型も、同じようにヒスタミンによる反応を起こします。しかし、先の内在性シグナルには、全く影響を与えません。そのため、活性型と不活性型の受容体のバランスは変わらず、受容体の数も変わりません。
インバースアゴニストは、活性型ではなく、不活性型の受容体に結合します。そして、インバースアゴニストは、不活性型の受容体を固定してしまいます。インバースアゴニストが結合する受容体が増えるほど、不活性型の受容体の割合が増えていきます。それによって、内在性シグナルの発現が少なくなり、細胞全体の受容体の数が減ってしまいます。
インバースアゴニストによって、ヒスタミン受容体の数が減ってしまうと、どうなるでしょう。ヒスタミンが放出されたとき、ヒスタミンと結合できる受容体が少ないので、全体としてヒスタミンの作用は弱くなります。
ニュートラルアンタゴニストは、ヒスタミンが結合できない受容体はありますが、受容体の全体数は変わりませんから、薬が反応し切れない受容体がヒスタミンに反応してしまいます。
この事実は、まさに花粉症の初期治療の原理を説明しています。インバースアゴニスト作用を持つ抗ヒスタミン薬によって、花粉飛散の前から、ヒスタミン受容体の数を大幅に減らしておくことができれば、ある日、花粉が大量に飛散して花粉症が起こったときに、アレルギー反応が軽くてすみます。これは、花粉症によって大量のヒスタミンが放出されても、下鼻甲介の鼻粘膜があまり反応しないですむことを意味しています。
MPIとプライミング効果
花粉症には、プライミング効果というものがあります。これは、いったん症状が発現すると、次はわずかな花粉でも過剰に反応してしまうことを言います。簡単に言うと、鼻粘膜が非常に過敏になった状態です。
花粉症の方は、毎年の花粉情報を気にされます。花粉飛散が多い年はもちろん、花粉症の鼻症状は激しくなりますが、花粉飛散数が少ないと予想された年でも、わずかな花粉で花粉症を起こして、鼻症状は、飛散数の多かった年と結局あまり変わらなかった、というのは、このプライミング効果に当たります。
実際のプライミング効果は、いったん花粉症の症状が発現してしまうと、症状が起こる抗原量が極端に少なくなって、1/10から1/100の量の花粉で症状が起こってしまいます。そのため、プライミング効果は、花粉症をさらに悪化させ、悪循環に陥ります。
さらに、アレルギー性鼻炎には、最小持続炎症(minimal persistent inflammation : MPI)があります。
MPIとは、症状が起こらない程度の花粉曝露でも、鼻粘膜に好酸球の浸潤などのアレルギー性炎症が持続している、という概念です。MPIは、鼻粘膜過敏性を亢進させて、本格的な花粉症の症状が起こりやすくします。
MPIとプライミング効果、この2つが起こると、花粉症はさらにひどくなります。
これらが起こらないようにするには、どうすれば良いでしょう。
最も的確な答えは、花粉症をできるだけ起こさないようにすることです。
そして、初期治療とは?
このように考えると、あらためて花粉症の初期治療の重要性があきらかになってきます。
まだ花粉が飛び始める前から初期治療を行なって、ヒスタミン受容体の数を減らしておくこと。そして、それがプライミング効果の抑制につながること。
それは、花粉症が始まってから、いきなり抗ヒスタミン薬を飲み始め、鼻噴霧型ステロイド薬を使い始める治療よりも、ずっとすばらしい治療です。
病気を未然に防ぐ、”未病“ の概念につながります。
どうすれば?
初期治療は、どうすれば良いのでしょう。
簡単です。花粉飛散予想日の2週間くらい前から、抗ヒスタミン薬を飲み始めれば良いのです。
症状がないのに、病院やクリニックを受診して、薬を飲むのです。すこしだけ、抵抗があるかもしれません。しかし、これはエビデンスが確立された正しい治療法です。堂々と受診してください。
毎年、症状がひどい方や難治性の方は、初期治療の段階から、抗ヒスタミン薬の内服に追加して、鼻噴霧型ステロイド薬の使用や、ロイコトリエン拮抗薬の内服を併用します。
この段階からの血管収縮薬の使用はお勧めできません。
花粉症が始まってしまったら…
初期治療の効果は、十分に理解できました。
しかし、仕事が忙しくてクリニックが受診できず、とうとう花粉症が始まってしまった、という時はどうすれば良いでしょうか。
その時も慌てなくて大丈夫です。
花粉症が本格的に起こる前で、まだ軽い症状のうちなら、初期治療の効果はあります。その時は、すこし急いで、かかりつけの耳鼻咽喉科医を受診してください。
もう一度言います。初期治療は簡単です。
あなたのかかりつけの耳鼻咽喉科医を受診して、問診票に、初期治療のために、と書くだけで良いのです。
終わりに
今回は、花粉症の到来を前にして、初期治療の重要性について書きました。基礎医学的なことも引用しながら、花粉症の初期治療が、何故それほどまでに注目されているのか、その理由を説明したつもりです。合わせて、難治例を中心に従来の花粉症治療の問題点についても、すこしだけ触れました。
花粉症の治療は、初期治療に始まって、導入療法、維持療法、と続きます。これらの継続した治療も、とても大切です。また、花粉症の方ひとりひとりに合わせた、オーダーメイドの治療もとても重要になります。それらについても、順次、書いていきたいと思っています。
つらい花粉症の時期を、すこしでも快適に過ごすために、初期治療をしっかり理解して、その恩恵を受けていただけたら幸いです。
つらい鼻水、鼻づまりは1日中続きます…。家の中でも。(イメージです)