今回は眼窩(がんか)壁骨折について書きます。
眼窩とは?
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Orbit_(anatomy)
眼窩(=ORBITA)🟩です。 (図1)
眼窩(がんか)とは、眼球をおさめている円錐型の薄い骨のフレームです。この円錐型の骨は前方が大きく後方が小さくなっています。
道路工事現場に置いてあるコーンを思い出してください。円錐型の大きなスペースに眼球があり、後方の小さなスペースに眼球を動かす筋肉や神経、視神経やそれらを栄養する血管が集まっています。
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薄い骨でできたコーンの内部は周囲を眼窩隔膜と呼ばれる薄い膜で覆われ、コーンの内部と筋肉、血管、神経の周囲はすべて脂肪組織が埋めています。この円錐型の薄い骨で包まれた部分を眼窩といいます。
わかりやすく円錐型としましたが、実際の眼窩は四角錐に近い形態をしています。
眼窩の容積は25-30 ml です。
眼窩壁の骨
眼窩壁の骨は、7つの小さな骨の組み合わせで構成されています。
(前頭骨、涙骨、篩骨、頬骨、上顎骨、口蓋骨、蝶形骨の7つの骨)
7つの骨が組み合わさって四角錐を作っています。
yellow (黄色🟨)= Frontal bone(前頭骨)
green (緑🟩)= Lacrimal bone(涙骨)
brown (茶色🟫)= Ethmoid bone(篩骨)
blue (青色🟦)= Zygomatic bone(頬骨)
purple (紫色🟪)= Maxillary bone(上顎骨)
aqua (水色)= Palatine bone(口蓋骨)
red (赤色🟥)= Sphenoid bone(蝶形骨)
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眼窩内側を構成する骨壁はとくに薄く、眼窩紙様(しよう)板と呼ばれています。
眼窩の奥の骨の隙間
眼は重要な器官です。
眼球は網膜に画像を映す超精密カメラです。その眼球に酸素や栄養を補給するための血管や視力そのものを得るための視神経、眼球を動かして瞬時に対象物にフォーカスする外眼筋群、これらをコントロールするために、眼窩には多くの血管や神経が集まっています。
これらの血管や神経はほとんどが眼窩の後方から入ってきます。
眼窩の後方、四角錐の頂点部分は3つの骨の隙間で頭蓋内と繋がっています。
上眼窩裂(3)、視神経管(2)、下眼窩裂(6)という3つの骨間隙(かんげき)です。 (写真1)
Left human orbit. 左眼窩
1 Foramen ethmoidale,
2 Canalis opticus, (視神経管)
3 Fissura orbitalis superior, (上眼窩裂)
4 Fossa sacci lacrimalis,
5 Sulcus infraorbitalis,
6 Fissura orbitalis inferior, (下眼窩裂)
7 Foramen infraorbitale,
Nase: (nasal bone),
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上眼窩裂(3): 動眼神経、滑車神経、外転神経、眼神経(三叉神経第1枝)、上眼静脈。
(2): 視神経、眼動脈。
下眼窩裂(6): 眼窩下神経(上顎神経(三叉神経第2枝)の分枝)、頬骨神経、下眼静脈。
“眼窩は薄く小さな7つの骨で囲まれた四角錐で、その後方に3つの骨の隙間が存在する”
“眼窩後方には重要な神経や血管が通る骨の隙間がある”
と理解してください。
眼窩に存在するもの
眼窩がどこにあって眼窩壁がどんな形態をしているかがわかりました。では、眼窩の中には何が存在しているのでしょう。
眼窩には眼球があります。眼球の後方からは視神経が走行します。眼球を栄養する眼動脈も走行しています。
眼球には、眼球を動かすための外眼筋が付着しています。さらに外眼筋を支配する各神経が走行します。
外眼筋
外眼筋は上直筋、下直筋、内側直筋、外側直筋、上斜筋、下斜筋の6つです。(図5)
上直筋 Superior rectus
下直筋 Inferior rectus
外直筋 Lateral rectus
内直筋 Medial rectus (右図)
下斜筋 Inferior oblique muscle
上斜筋 Superior oblique muscle (左図)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Extraocular_muscles
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6本の外眼筋は、視神経管前方の白いリング状の総筋腱から出て眼球強膜に付着しています。
眼窩の神経
上斜筋は滑車神経(4)、外側直筋は外転神経(6)に支配されています。
上直筋、下直筋、内側直筋、下斜筋は、動眼神経(3)に支配されています。
Ⅲ 動眼神経 Ⅳ 滑車神経 Ⅵ 外転神経 (図5では切断) Ⅱ 視神経 Ⅴ 三叉神経
眼窩の血管
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Ophthalmic_artery
眼窩の動脈です。眼窩の構造物のほとんどは眼動脈 Opthalmic artery 🟥が栄養しています。
眼動脈は頭蓋内を走行する内頸動脈の唯一の分枝で、豊富な血流が保たれています。
眼球への血流は、主として眼動脈の分枝である網膜中心動脈がつかさどっています。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Superior_ophthalmic_vein
眼窩の静脈です。眼窩の血流は、ほぼ上眼静脈 superior opthalmic vein 🟦によって集められ頭蓋内の海綿静脈洞 cavernous sinus に流入します。(図9)
このように眼窩内には眼球と視神経以外に、眼球を動かす外眼筋、それらを支配する神経群(Ⅲ, Ⅳ, Ⅵ)、眼球を含む眼窩の構造物を栄養する血管系(眼動脈、上眼静脈)など、非常に重要な構造物が狭い四角錐の中につまっているのです。
眼窩の脂肪
このような重要な器官が頭蓋骨の中の狭い四角錐の窪みに整然と並んで、さらに細かく繋がっているのですから、生体にとっては眼窩を外力や振動から可能な限り保護する必要があります。
そのために、眼窩内には眼球や外眼筋群、神経や血管をすべて覆うように、大量の脂肪組織が存在しています。
すなわち、眼窩は四角錐の4面を骨の壁で囲まれて、さらに眼窩内の脂肪がクッションの働きをしていて、眼球や視神経、外眼筋、複雑に走行する複数の神経や血管を外力から最大限、保護しているのです。
では、眼窩を保護している眼窩壁がその外力に耐えられなかったとき、どうなるのでしょうか。
それが、眼窩壁骨折です。
眼窩壁骨折とは?
内圧による骨折
眼窩壁骨折の最も重要なポイントは、通常の外力による骨折のように外力の直接的な作用による骨折ではないことです。
もちろん顔面に強い外力を受けた時に、顔面の骨と同時に眼窩壁の骨が骨折することはあります。
しかし多くの眼窩壁骨折は眼窩内圧の急激な上昇によって眼窩の薄い骨が破れて起こります。いわゆる内側からの強い圧で間接的に骨折が起こるのです。
例えば、ボクシングでボディーに強烈なパンチを受けたとします。腹部は重要な臓器がたくさんありますが、皮膚、皮下脂肪、腹筋があり、内臓は腹膜という硬いビニール袋のようなものに詰まっているため、パンチの圧力は他の部分に逃げてしまいます。さらに腹部はかなり大きな体積があるため、一部分が押されても全体の圧の変化は限られます。
一方、眼窩は閉鎖空間であり、眼球をはじめ、先に書いた外眼筋、神経、血管が眼窩隔膜の中にぎっしり詰まっています。さらにそれらの隙間は脂肪で埋まっていますので、圧の逃げ場がありません。
さらに眼窩の容積は最大30ml です。
このため、外眼部から(眼窩の前方から)強く押し込まれるような外力が加わった時、狭い閉鎖空間で眼窩内圧は短時間に急激に上昇します。
これが眼窩吹き抜け骨折(眼窩壁骨折)の原因です。
内圧が吹き抜ける
外眼部に前方からつよい外力が加わったとき、眼窩内圧は急激に上昇します。その圧は、円錐型の薄い骨の壁を破って周囲に吹き抜け、圧を逃します。これを眼窩吹き抜け骨折(Orbital blowout fracture)といいます。
眼窩壁の上壁や外側壁は硬く厚いので、吹き抜けは通常、下壁や内側壁に発生します。
通常は眼窩より大きな物体が前方から強い外力を与えることによって発生します。眼窩内容物(ほとんどが脂肪組織、ときに外眼筋、神経)が、下壁にある上顎洞や内壁にある篩骨洞に吹き抜け、眼窩内容物が眼窩の外へ飛び出します。
眼窩壁の厚さ自体は下壁(0.50 mm)より内側壁(0.25 mm)の方が薄いのですが、内側壁は篩骨洞の骨隔壁構造で支えられているため、実際は下壁への吹き抜けが最も多く起こります。
下壁は上顎洞と接しており、上顎洞内に眼窩内容物が吹き抜けて押し出され、重力の働きも加わって自然治癒しにくい病態を形成します。
吹き抜けるタイプ
吹き抜け骨折(blowout fracture)は、外力が大きく骨壁が広範囲に破砕された、オープンドア型(Open door fracture)と、骨壁の偏位が最小限で直前状に1箇所がつよく吹き抜けて半観音開きのようになったトラップドア型(Trap door fracture)に分類されています。
オープンドア型は、広範囲に吹き抜けて大量の眼窩脂肪や外眼筋が眼窩外へ逸脱しますが、吹き抜けによる眼窩内容物の損傷は比較的少ない特徴があります。
対してトラップドア型は、多くは眼窩下壁にある上顎洞に直前状に狭い範囲で吹き抜けるため、飛び出した眼窩内容物が観音開きになった骨折片で絞扼されやすくなります。眼窩脂肪だけでなく下直筋を骨片で絞扼すると、眼球運動障害をきたし、受傷直後からつよい複視が発症します。これが “trapdoor” fracture です。
トラップドア型は骨折片の偏位が小さいため、狭い骨折線の間に外眼筋(下直筋が多い)を挟み込むことが多く、治療に外科的治療を必要とする症例が多くなります。
トラップドア型は、ちょうど西部劇にでてくるウェスタンドアに挟まれた感じです。(写真3)
原因は?
多くは、眼窩への前方からの鈍的外力によって発症します。
各種スポーツ外傷、格闘技、喧嘩などによる拳の外力、自動車事故などが一般的な原因になります。
原則として、眼窩前面より広い面積での外力が短時間に加わった時に、眼窩内圧の急上昇が起こり、眼窩吹き抜け骨折を起こします。
(日本形成外科学会HPより引用)
https://jsprs.or.jp/general/disease/kega_kizuato/kaohone/gankatei.html
症状は?
受傷直後から、眼瞼腫張、複視、眼球運動障害、眼球運動時痛、眼痛などが起こります。広範な blowout fracture (オープンドア型)では眼窩内容物が大量に飛び出すため、眼球陥凹が起こりやすく、一方、狭い範囲に飛び出す trapdoor fracture では骨折片の隙間に外眼筋を挟むことがしばしばで、早期から複視(上方視)や眼球運動障害を起こしやすい傾向があります。(white-eyed blowout fracture)
写真5は、野球のボールで左眼を受傷、左眼窩吹き抜け骨折を生じた症例です。眼窩下壁骨片によって下直筋が絞扼されており、上方視で左眼の上転障害を認めます。
眼窩下壁を三叉神経第2枝(眼窩下神経)が走行しているため、とくにトラップドア型で、この神経を絞扼したり、骨片の先端で損傷すると、同神経(頬部分と上の歯茎)の知覚低下が起こります。
また眼球を動かすとき、三叉神経から迷走神経反射が起こり、悪心や徐脈が起こることがあります。これを心臓眼反射と言います。
診断は?
眼筋壁骨折の診断は簡単です。
スポーツ外傷や事故などによる受傷機転と、CTで眼窩壁の骨折を確認できれば、診断できます。
下壁骨折が多く、CTは前額断が診断に有用です。
眼窩内側壁の骨折もあります。(写真6)
篩骨洞は副鼻腔の一部で蜂巣状構造(honeycomb structure)をしており骨折した眼窩紙様板が物理的に篩骨洞に嵌頓しにくいようになっています。このため外眼筋を絞扼することが少なく視力視野の異常が生じにくいため、本人も気がついていないことが多くあります。
同時に、頭蓋底骨折や顔面骨折、視神経管骨折などを合併している可能性がありますので、視力検査、視神経フリッカー検査、複視の有無、髄液鼻漏(頭蓋底骨折による)などがないかどうかの確認も重要です。
視神経管骨折や頭蓋底骨折があると、それらの診断と治療を最優先させなければなりません。
検査は?
眼球運動検査、角膜を引っ張って眼球運動の抵抗をみる Forced duction test (=traction test)、Hess chart 視野検査などによる眼球運動、視力視野の確認が必要です。
CTによる眼窩壁骨折部位や範囲の診断、オープンドア型 (open door)かトラップドア型 (trapdoor)かの判定、trapdoorのときのMRIでの外眼筋の絞扼の有無、程度、脱出した眼窩脂肪組織の確認なども重要です。一般に、トラップドア型 trapdoor の方がCTでは所見が軽症に見えて症状は強いことが多いようです。
頭蓋底骨折や視神経管骨折、顔面多発骨折などが見られたら、それぞれ脳神経外科医や眼科医へのコンサルトを行います。顔面多発骨折の場合は、眼球運動障害の程度をみながらその治療を優先します。
治療は?
保存的治療と手術治療に分かれます。
手術がすぐに計画されない比較的軽症のオープンドア型骨折 (opendoor fracture) 、CTで眼窩内容物の逸脱が少量で眼球運動障害や複視がないか軽度のトラップドア型骨折 (trapdoor fracture) などの場合には、保存的治療を行います。
保存的治療は、感染予防を目的とする抗菌薬、消炎鎮痛薬、眼窩内圧上昇による視神経障害を予防するステロイド薬などを投与します。
CTで広範な吹き抜け骨折がみられたとき、逸脱した眼窩内容物が多く、骨壁が大きく偏位して眼窩を支持する骨構造が不十分なとき、眼球陥凹や偏位がみられるとき、trapdoor fracture で、骨片が外眼筋を絞扼して眼球運動障害や複視が高度なときなどは、手術治療を必要とすることが多く、緊急の手術、または浮腫や消炎を待っての準緊急の手術が計画されます。
とくに、trapdoor fracture で受傷直後から高度な眼球運動障害や複視をみとめる場合には、保存的治療が奏功しないことが多く、絞扼部位での外眼筋の循環障害の観点からも、早期の手術治療が優先されます。
軽度の複視でも保存的治療で改善のないものは、手術の適応になります。
手術は?
緊急または準緊急の手術として行われます。
手術は、
①眼窩内容物を眼窩内に戻して、眼窩壁骨折を整復、固定する
②正常な眼球運動および視野を得る
の2点が重要です。
トラップドア型 trapdoor では、骨片による外眼筋の絞扼を完全に解除して外眼筋の自由度を高めることを第一目標にします。
手術アプローチは、多くは内視鏡下副鼻腔手術 (ESS) に準じて行います。全身麻酔下に鼻内から内視鏡下に、眼窩内容物を眼窩内へ戻して骨折片を整復し、自家骨やシリコンプレートで骨折部位の被覆、補強を行い、上顎洞内バルーンによる圧迫固定を1週間ほど行います。
下眼瞼切開により眼窩内で下方から移植骨片やチタンメッシュプレート、テフロンシート等を敷いて固定する方法もあります。多くは下壁骨折のみで骨折範囲が広範囲に及ばない場合に行います。
骨折の範囲が広範におよび、眼窩内容物の逸脱が多いとき、骨折片による絞扼がつよく外眼筋の解除が困難なときなどは、鼻内からのアプローチが困難な場合があります。このような時は、経上顎洞法により歯ぎん部切開から上顎洞の開放を行い、拡大鏡と顕微鏡や内視鏡を併用しながら眼窩下壁の広範な骨折部位を正確に操作します。
受傷したら?
眼窩壁骨折は、ほとんどの場合、事故によるものです。予防法はありません。
眼窩壁骨折でいちばん重要なことは、視力や視野の異常があるかどうかです。もし眼にボールが当たったり、眼をつよく打たれたり、事故や転倒などで眼の周囲をつよく打撲したりした時は、まず視力や視野の異常がないかどうか自分で確かめてみてください。
交通外傷などで頭部や胸腹部を強く打っていたり、他の部位に外傷や骨折がある時は、それらの治療を優先します。
視力に異常がある時は、全身的な検索と同時に、緊急に眼科の受診が必要です。視神経管骨折の有無を調べる必要があります。時間がたつと視力を失うことがあるからです。視力に異常がなく、複視がないときは、緊急での受診は必要ではありません。数日内に耳鼻咽喉科を受診してCT撮影を受けてください。複視があれば、すぐに耳鼻咽喉科を受診した方が良いと思います。かかりつけ医のCTの結果で、先程述べた治療計画が立てられるはずです。
でも、いちばんは眼の受傷に気をつけることです。