前回、アレルギーと免疫-その1-で書いたことの延長です。今回は、免疫一般について知識を広げたいと思います。
自然免疫と獲得免疫
あいつは免疫がある。まだ免疫がないから…などと日常で使う免疫という言葉の意味はさておいて、今回も、すこし基礎的な免疫のお話から入ります。
そもそも、自然界の免疫には、自然免疫と獲得免疫の2つがあります。
自然免疫は、人間にもともと備わっているもので、自分と自分以外(非自己)を認識して、非自己である病原体(細菌やウィルス)を攻撃してくれるものです。切り傷ができるとそこに細菌が入ってきますが、すぐに白血球が集まってきて細菌と戦います。具体的には、白血球やマクロファージ(大食細胞)が細菌を貪食(食べること)してしまいます。自然免疫ではたらく細胞には、好酸球、好中球、好塩基球、マクロファージ、樹状細胞、NK(ナチュラルキラー)細胞などがあります。自然免疫は遺伝子に記憶されており、一度活性化した自然免疫は、再び異物の侵入に対して迅速に働くようになっています。
獲得免疫は、一度侵入した病原体の情報を記憶しておいて、次の攻撃のとき、いち早く対処できるようにする働きのことです。一度かかった病気に罹りにくいのは、この獲得免疫のおかげです。さらに獲得免疫は、自然免疫が不得意とする、血液中に侵入した病原体や細胞の中に取り込まれた病原体に対しても素早く攻撃できます。これは獲得免疫が、病原体に対する特定の「抗体」を作っておいて、それに反応するようになっているからです。獲得免疫で働く細胞には、B細胞、形質細胞、ヘルパーT細胞、キラーT細胞、制御性T細胞、メモリーB細胞などがあります。このうち、ヘルパーT細胞が、獲得免疫の司令塔です。ヘルパーT細胞は、病原体や病原体に感染した細胞を素早く見つけて、攻撃対象として他の免疫細胞に知らせる役目をもっています。B細胞は、T細胞の司令で形質細胞に分化して、病原体に対する抗体を産生します。B細胞自身も抗体を作ります。産生された抗体が、抗原(細菌やウィルス)と鍵と鍵穴の1対1の反応を起こすことで、抗原を攻撃するのです。メモリーB細胞は、一度入ってきた抗原の情報を記憶します。
このように、人の免疫系は、自然免疫と獲得免疫が同時に存在して、お互い協力して病原体の侵入に対抗しているのです。
獲得免疫のメカニズム
実際の獲得免疫の働き方は、
①まず病原体が侵入してくると、白血球やマクロファージが集まってきて病原体を貪食(食べること)します。
②次に、樹状細胞が病原体を認識して、抗原を細胞の表面にくっつけたまま、リンパ節へ行き、ヘルパーT細胞に「こんな病原体が来てるよ!」と知らせます(抗原提示) 。
③病原体の知らせ(抗原提示)を受けたヘルパーT細胞は、別のヘルパーT細胞に変身します。ヘルパーT細胞は、病原体が細菌やウィルスの場合は、Th1細胞に、病原体が花粉、ダニ、カビなどの場合は、Th2細胞に変身します。
④Th1細胞、Th2細胞は、それぞれB細胞に指令を出して、抗体を作らせます。このときB細胞に指令を出すための物質がサイトカインと呼ばれる低分子タンパクです。Th1細胞が出すサイトカインは、IFN-γ(インターフェロン)、IL -2 (インターロイキン) です。Th2細胞が出すサイトカインは、IL-4, IL-5, IL-13です。
⑤Th1細胞が出すサイトカイン(IFN-γ)は、B細胞だけでなく、マクロファージ、キラーT細胞、NK細胞などを活性化して、これらの細胞が細菌やウィルスを貪食して(食べて)殺してしまいます。Th1細胞自身も現場に駆けつけて、細菌やウィルスを貪食します。またTh1細胞は、B細胞を活性化させて細菌やウィルスに対する抗体を産生させます。抗体は次の感染のときすぐに働けるように、別のメモリーB細胞に記憶されます。
⑥Th2細胞が出すサイトカイン(IL-4, IL-5, IL-13)は、B細胞を活性化させて抗体を産生させます。刺激されたB細胞は、成熟して形質細胞になり、この形質細胞が抗体(IgE, IgG, IgA )を産生します。産生された抗体が病原体を攻撃するのです。
しかし、花粉やダニ、カビなどは実際には生命を脅かす悪者ではありません。だから、免疫機能が敵(生命を脅かす病原体)と勘違いして抗体を産生して戦っているあいだ、体の中では過剰なアレルギー反応が症状として現れるのです。
Th1/Th2バランス
ヘルパーT細胞から分化する、Th1細胞とTh2細胞は、Th1細胞が優位になるとTh2細胞が減少し、Th2細胞が優位になるとTh1細胞が減少するというように、お互いにTh1/Th2バランスをとりながら免疫系が機能していると考えられています。さらに、Th1細胞はTh2細胞の過剰な反応を抑制する働きがあることがわかっています。
Th1, Th2, 以外にも別のサブセット、Th17 細胞が存在します。このTh17 細胞は、関節リウマチなどの自己免疫疾患や多発性硬化症、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患の免疫応答に関与していることがわかっています。
その他の免疫細胞
人の体内には、その他にもいくつもの種類の免疫細胞が存在します。免疫応答を抑制する制御性T細胞(regulatory T Cell =Treg) がその代表です。今まで免疫応答を促進する細胞ばかりを取り上げてきましたが、Treg 細胞は、免疫応答を抑制します。じつはこのTreg細胞は、非常に重要な働きをしていますが、紙面の関係で、ここでは省略します。さらに近年、新たにTfh 細胞が発見されその機能が少しずつ解明されてきています。
少し詳しくなってしまいました。
これが人の免疫系の基本事項です。アレルギーと免疫-その1-で、お伝えした内容と、すこし重複しさらに詳しくなりましたが、とても重要なことですので、大まかにでも良いので再度理解してください。
Th2の過剰な反応
病原体が花粉やダニ、カビなどのアレルゲン(アレルギーの原因物質)のときは、前記のとおり、ヘルパーT細胞からTh2細胞分化が進み、B細胞が形質細胞に成熟してIgE抗体が産生されます。
このIgE抗体が過剰に産生されたとき、アレルギー反応が起こります。産生されたIgE抗体は、表皮、粘膜、血管周囲に多く存在する肥満細胞の表面にくっついた状態でアレルゲンを待ちます。再度アレルゲンが侵入し、肥満細胞表面のIgE抗体と抗原抗体反応を起こすと、肥満細胞の細胞内に蓄えられていた顆粒が細胞外に放出され、ヒスタミン、ロイコトリエンなどのケミカルメディエイターが遊離して、数分でアレルギー反応が起こるのです。
衛生仮説
さて、これからが臨床的なお話の本番です。
近年、花粉症やアトピー、アレルギー性鼻炎などのアレルギー性疾患が増加していることは想像に難くないと思います。その原因として指摘されている1つに、衛生仮説があります。
衛生仮説は、1989年英国のStrachan ら研究者達が提唱した仮説に始まります。彼らは、1953年生まれの英国人の新生児17414人の、その後のアレルギー疾患の発症を追跡調査して、ある傾向を見つけました。
それは、 “兄弟や姉妹の多い小児の方が、よりアレルギー疾患に罹りにくく、また兄や姉がいる方が(自分が弟や妹である)、よりアレルギー疾患に罹りにくい” という事実でした。彼らはこれを、兄弟や姉妹の数が多いほど感染が起きやすく、さらに弟や妹の方が兄や姉から感染することが多いために、アレルギー疾患に罹りにくいのではないか、と考えたのです。
先に書きましたTh1とTh2のバランスは、人の免疫系の基本事項です。人は生まれたときは、Th2細胞が優位になっています。これはTh1細胞が産生するIFN-γが母体と胎児の間で拒絶反応を引き起こすことがあるために、自然にTh1を押さえ込んであるからです。そのため新生児ではTh2細胞が優位です。生まれてから種々の細菌やウィルスの感染を受け、少しずつTh1細胞は増えていきます。そしてTh1/Th2バランスが完成して本来の免疫機能を営むようになっていきます。
ところが、新生児期からあまりに清潔な環境、細菌やウィルスに感染しにくい環境で育つと、本来、細菌やウィルスに感染して少しずつ増えてくるはずのTh1細胞が増えず、いつまでたってもTh2細胞優位な状態が続いていきます。
ここで、花粉やダニ、カビなどのアレルゲンに対する反応は、Th2の過剰な反応でしたね?(Th2の過剰な反応) さらにTh1細胞には、Th2細胞を抑制する働きがありました。(Th1/Th2バランス)
この仮説は、Th1細胞が増えず、いつまでもTh2優位な状態が続くと、Th2細胞の反応が暴走してしまい、アレルギー疾患を起こしやすくなってしまう、という理論なのです。
その後、Braun Fahrlander という研究者達が、ドイツ、オーストリア、スイスの農家と非農家の、6-13歳の児童812人について、喘息とアトピー、花粉症の有病率と、寝具のマットレスから採取されたホコリ中のエンドトキシンとの関係を大規模調査しました。その結果、エンドトキシンの測定量が高かった児童の方が、優位に花粉症、喘息、アトピー疾患に罹りにくいことがわかりました。これは、”エンドトキシンに感染の機会が多い環境にある児童ほど、アレルギー疾患になりにくい” ことを示す重要な論文として2002年のNew England Journal of Medicine に掲載されました。エンドトキシンとは、グラム陰性菌の細胞壁由来の毒素のことです。誤解を恐れずに言えば、汚れた布団も気にせずに毎日寝てる児童は、洗濯ばかりしていて清潔すぎる布団に寝ている児童よりも、はるかにアレルギー疾患に強い!ということなのです。
何を意味するか?
これは非常に驚くべきことです。アレルギー疾患は、アレルゲンをいかに除去するか?いかにアレルゲンに触れないか?が重要であると思い込み、幼少児の頃から、清潔な環境に気を使ってきたお母さんたちに向かって、
“あなた方のやっていることは、子供さんのアレルギーを助長することですなのですよ!”
と言っているに等しいことなのです。
米国では、近年、ピーナッツアレルギー対策として、子供へのピーナッツ摂取の時期を3歳以降に遅らせる指導を実施したところ、実際は全米中のピーナッツアレルギー患児が3倍に増加したという調査報告があります。
ここでは詳細を省きますが、寄生虫疾患にかかると、アレルギー疾患になりにくいとの説がありますが、細かいところを省けば、ある意味事実です。
最近の研究では、Th1/Th2バランスだけではなく、エンドトキシンのみではなく、その他にも腸内細菌叢や環境因子の影響もあり、アレルギー疾患の原因を1つに絞ってしまうことはできません。
アレルギーの真実
しかしながら、”毒をもって毒を制する” に似ている、”アレルゲン暴露によってアレルギー疾患が減る” という事実は、どこかで聞いたことがありませんか。
そうです。減感作療法ですよね。
アレルギーとは、奥深い学問だと思います。