アレルギーマーチという言葉をご存知でしょうか。アレルギーの素因をもった小児が年齢とともに、食物アレルギーやアトピー性皮膚炎、喘息、アレルギー性鼻炎など、乳児から成人に至るまでに、次々にアレルギー疾患を発症していくことをマーチ(行進)に例えて、こう呼びます。
小児科や内科ともなじみの深い医学用語です。今回は、アレルギーマーチについて書いてみます。
アレルギーマーチとは?
新生児期
生まれたばかりの新生児や乳児は、暴露するアレルゲン(アレルギー疾患の原因物質)が限られています。生まれて間もない新生児は、お母さんの母乳やミルクで成長し、まだ自分で食事を摂りません。1日のほとんどの時間をベビーベッドや屋内の同じ部屋で過ごします。そのため、特定の食物に触れることもありません。卵、牛乳、小麦粉、そば、落花生、エビ、カニ、は特定原材料7品目と呼ばれ、アナフィラキシーなどの重篤な食物アレルギーを発症する可能性があるため、食物製品に表示義務が課せられています。しかし、生まれたばかりの赤ちゃんは卵料理を食べません。エビもカニもまだ知りません。なので、将来食物アレルギーを起こす体質があってもまだ起こさないのです。
乳児期
乳児期になると、環境はすこし違ってきます。乳児期は生後4週を過ぎて満1歳までをさします。生後1歳までの乳児期は、一生のうちで最も成長の著しい時期と言われています。体も大きく成長し、運動発達や精神発達が進みます。生まれてから6ヶ月たつ頃には、そろそろ離乳食を食べ始めます。母乳からだけの栄養が離乳食になり、だんだん口から食事をとるようになります。口から母乳以外の食物が入ってくるようになると、食物中のアレルゲン物質に毎日のように暴露(さらされること)され、しだいに食物アレルギーを発症してきます。食べたあと吐いたり下痢をしたり、湿疹や蕁麻疹がでたり、などです。さらに、アトピー性皮膚炎もこの時期に多く発症します。皮膚や粘膜からのアレルゲン侵入が始まるのです。よく見て乳児湿疹と鑑別する必要があります。
このように乳児期は、アレルギーマーチの始まりの時期です。とくに食物は初めて体に入るアレルゲンです。
幼児期
満1歳を超えると幼児期です。ほとんどの乳児がつかまり立ちができるようになり、早い子は歩いてどこへでも行こうとします。行動範囲がすこし広がるとまたアレルゲン暴露も増えていきます。生後6ヶ月を過ぎたころから母体からもらった抗体が切れてしまうため、感染症に罹(かか)りやすくなります。胎盤を通過するIgG抗体がなくなるためです。また初乳にはIgA抗体が含まれますが、6ヶ月くらいで離乳食が始まるため母乳中に含まれるIgG抗体も取れなくなります。そのため生後6ヶ月以降は、乳児はよく熱を出すようになります。あらゆる細菌やウイルスが体内に入ってきて、乳児の身体はその外敵に抗体を作って戦います。一度作られた抗体は次の侵入に備えて免疫機構に記憶されますが、一般に新生児期、乳児期を含めた1歳半までの幼児の免疫力は、自然免疫、獲得免疫ともに低いことが言われています。したがってこの時期は、乳幼児は多くの細菌やウイルスに出会い、感染症を繰り返します。気道からの細菌やウイルスの侵入が増えて、肺や気管支がアレルゲンの侵入窓口になってきます。この時期になると喘息を発症します。幼児期になると、食物アレルギーからしだいに吸入系のアレルギーに変化していきます。身体発達、精神発達も著しく進みますが、保育園に行くようになってもまだ屋内にいる時間が長く、室内のハウスダストやダニが喘息発症の原因アレルゲンになりやすいとされています。
幼児期は6歳まで(就学前まで)と定義されていますが、アレルギーマーチでは、幼児期は喘息が多く発症してくるのです。
小児(学童期)
6歳を超えて学童期になると、今度はアレルギー性鼻炎が起こります。この頃になると身体は大きく成長して、毎日小学校に行き、外に出て校庭を走り回るようになり、お友達と一緒に公園で遊びます。雑草のある空き地で野球に興じ、いろいろな所を探検します。つまり外気に触れる時間が長くなり、ハウスダストだけでなくさまざまな花粉に暴露される時間が増えますので、多くの花粉アレルゲンに暴露されます。そのためアレルギー性鼻炎が起こってきます。アレルギー性鼻炎によって鼻水、鼻づまりがひどくなり夜間口呼吸になって眠りが浅くなったり、喘息が合併していると喘息の症状が悪化します。口呼吸による乾燥した吸気のために感染症にも罹りやすくなります。学童期では、アデノイドや扁桃腺の肥大が起こりやすい時期ですので、これらが同時にあると、症状はさらにひどくなります。
アレルギーマーチは悪いのか?
アレルギーマーチがどんなふうに進んでいく(マーチ)か、すこし理解していただけたと思います。これを読むとこんなに多くのアレルギー疾患を次々に発症していくなんて、アレルギーマーチはとんでもなく悪いことのように思えるのではないでしょうか。確かに成長ともにアレルギー疾患を発症していきますが、じつは悪いことばかりではないのです。
乳幼児に起こるアトピー性皮膚炎は年齢とともに減っていきます。食物アレルギーも初めは食べると蕁麻疹が出ていたのが、多くの人がいつの間にか食べても何にもなくなります。喘息は学童期には続きますが、14-15歳までに70%の小児が自然治癒します。これを小児喘息と言います。残りの30%が成人型の喘息に移行します。喘息が治癒した小児では、替わりにアレルギー性鼻炎を多く発症します。
そうです。アレルギーマーチは、次々にアレルギー疾患にかかるだけではなく、自然治癒するものも多く見られるのです。むしろ、前のアレルギー疾患から次のアレルギー疾患へ形を変えたアレルギー反応が起こっている、と捉えることができます。
アレルギーマーチを起こす小児たちは、生まれた時からアレルギー素因を持っています。母親から遺伝的に受け継いだものです。母体内で母体由来の食物アレルゲンに対する抗体などが作られて、胎盤を通して胎児の血液中にあると言われています。一部他のアレルゲンも同様です。生まれた後、遺伝的素因に環境が加わり、獲得免疫の影響を受けながら、アレルギーマーチが進行していくのです。
知っておくべきこと
アレルギーマーチについて、何を覚えておけば良いのでしょう。個人的な意見ですが、それは2つあると思っています。
1つは、アレルギー疾患があっても自然治癒することがあること、治癒しなくても症状が軽くなることがあること。これを知っておくと、余計なことで悩んだり心配しなくてすみます。
もう1つは、自然治癒しなかった(成人型の)喘息、アトピー性皮膚炎は、きちんとした治療とケアが必要であること。これを自覚しておかなければなりません。
とくに喘息発作は夜間や季節の変わり目、自律神経の変化などで起こりやすく、呼吸状態が悪化します。現在は素晴らしいステロイド吸入薬が登場したおかげで、重症の患者さんもコントロールが良好になりましたが、以前は、重症喘息は命に関わるほどだった時期がありました。 現在でも成人型喘息は定期的に吸入器を使用しなければならないことが多く、優れた呼吸器内科医の力を借りなければなりません。小児の喘息も重症例は経験豊かな優れた小児科医の治療が欠かせません。
成人まで持ち越したアトピー性皮膚炎もかなり厄介です。
皮膚科医に診察してもらいながらステロイド外用剤を使用し、ドライスキンを避けて常に皮膚の保湿につとめなければなりません。とくに空気の乾燥する冬場は非常に神経質になります。
残りは、アレルギー性鼻炎だけです。やっと耳鼻科の話になりました。でもアレルギー性鼻炎は、症状がひどくなければ保存的治療が簡単です。現在では、優れた抗アレルギー薬とステロイド点鼻スプレーがありますので、通院治療でかなりの部分はコントロール可能です。症状がある方は、かかりつけの耳鼻咽喉科医にご相談されると良いでしょう。
しかしながら、ごく一部の患者さんに以前トピックス等でお伝えした、”難治性のアレルギー性鼻炎” がみられますので、最適な治療選択が必要になってきます。